大きな発表のない日だった。そのかわり、前週から続く2つの話に答えが出た。1つ目は Anthropic/アンソロピックの連邦法案である。名前が『AEGIS Act』だと分かり、Anthropic の連邦担当の責任者 Anthony Cimino/アンソニー・シミノが初めて記録に残る形で批判に答えた。同じ日に、まとまった反論も出た。2つ目は相場で、8日続いた半導体株の下げが日中の値で止まった。
2つの話には共通点がある。どちらも『誰が、どの基準で、危ないものを止めるのか』という問いである。法案では危険なモデルを止める手続きが、市場では AI のインフラに貸すお金の値付けが問われている。どちらでも、前週に広がった不安に対して、その不安を和らげようとする側の答えが出た。ただし、どちらの答えも不安を消すところまでは行っていない。
AEGIS 法案:Anthropic の答えと、Transformer の反論
Cimino は Daily Caller/デイリー・コーラーの取材に答えた。死者50人・損害10億ドルの閾値は『カリフォルニアの既存の法律からそのまま持ってきた』もので、企業の責任を免れさせるものではないと説明した。州法を上書きする文言については『正確さが足りなかった』と認め、直すと述べた。草案は6月の Advanced AI Framework を法案の形にしたもので、一部の議員の事務所に見せているという。ただし、批判していた Heidy Khlaaf/ハイディ・クラーフや Zvi/ズヴィを名指しして答えたわけではない。
反対の側では、Transformer/トランスフォーマーの Shakeel Hashim/シャキール・ハシムがまとまった批判を出した。要点は3つある。監査人は自分で認定でき免許も要らないので、企業は『いちばん面倒でない』監査人を選ぶようになりうる。モデルを止めるには商務省が裁判所に申し立てる必要があり、裁判所は止めないことで生じる害を考えない。そして州法を上書きするうえに、連邦の基準は更新できない。Khlaaf も Bluesky で、安全はシステムと文脈で決まるとし、この法案を『安全ごっこ』と呼んだ。
Anthropic が直すと約束したのは上書きの文言だけで、監査と停止の仕組みには触れていない。批判の中心は監査と停止の仕組みにあるので、答えと批判はまだ噛み合っていない。Dean Ball/ディーン・ボール、Bengio/ベンジオ、Marcus/マーカスはまだ反応していない。提出者、条文、10^25 FLOP の閾値も確かめられていない。OpenAI、SIF、ホワイトハウス、カリフォルニア州とニューヨーク州も、記録に残る形では答えていない。詳細はAnthropic、AEGIS 法案の『州法の上書き』の文言を直すと表明で報じた。
同じ日に、Jack Clark/ジャック・クラークが Import AI 477 で、IMF の年次総会での講演の原稿を公開した。題は『特異点は始まった』である。数学とベンチマークの急な伸びを証拠に挙げ、生物の研究と、AI による AI の研究(RSI)に『普通でない、本気の規則』をかけるよう求めた。ただし、自社の AEGIS 法案には触れていない。強い規則を求める講演と、批判者が『弱い』と呼ぶ法案が、同じ会社から同じ週に出たことになる。一方、Ramez Naam/ラメズ・ナームは Noahpinion で、エージェントを並列に増やしても知能はあまり伸びないと論じた。両者の食い違いは『特異点は始まった』と IMF で語った Jack Clark と、Naamで扱った。
相場とインフラ:戻したが、信用の値付けは高いまま
10月19日の米国市場では、半導体指数 SOX が日中の値で約+2.5%上げた(終値ではなく、数字は二次情報)。先頭はメモリ株で、Micron/マイクロンが+4%、Sandisk/サンディスクが+7%だった。一方で均等加重の S&P500 は下げており、上げた銘柄は偏っていた。10年債の利回りは午後に5.13%まで戻し、マクロの支えは弱い。
戻しのきっかけの1つは、Goldman Sachs/ゴールドマン・サックスが CoreWeave/コアウィーブを『買い』に上げたことだと報じられている。同時に目標株価は139ドルから106ドルに下げている。Reuters の数字によれば、2031年償還債の利回りは16%超から15.13%に下がった。それでも15%台で、Oracle/オラクルの5年 CDS も300bp 近くにとどまっている。詳細はGoldman が CoreWeave を格上げ、目標株価は下げたままで報じた。株式は戻したが、借金の値付けはまだ戻っていない。
アジアは割れた。KOSPI は3%超安く始まったが、+1.76%で引けた。日経平均は−0.62%で、ソフトバンクグループは−5.3%だった。資金調達では、Tenstorrent/テンストレントがシリーズEで15億ドルを評価額62億ドルで集めたと Bloomberg が報じた。韓国の Elice/エリスは10月20日に KOSDAQ に上場する。10月9日に Firmus が上場を取り下げてから、AI インフラの上場の需要を測る初めての案件になる。
電力の側では、Amazon/アマゾンが AEP、X-energy とともに、インディアナの元石炭火力の跡地に小型炉12基・960MW を置く計画を検討していると報じられた。建設と運転の費用は Amazon が負い、家庭の電気代に回さない形にする。詳細はAmazon、インディアナの石炭火力の跡地に小型炉12基で報じた。この形は、地元の反対への答えでもある。その反対は州の単位に広がりかけている。バージニア州では Russet Perry/ラセット・ペリー州上院議員が、州全体で新しいデータセンターの承認を3年間止める案を出したと報じられた。米国最大の市場の地元から出た案である。メンフィス市議会とラウドン郡は、10月20日にデータセンターの扱いを採決または決議する。
欧州では、ドイツの Merz/メルツ首相と NVIDIA/エヌビディアの Jensen Huang/ジェンスン・フアンが、産業 AI の提携の意向表明書を示した(政府の発表)。連邦政府は『数億ユーロ』を出し、その大半を Deutsche Telekom の Industrial AI Cloud の計算資源に充てる。ただし、NVIDIA 自身のプレスリリースはなく、正確な金額も示されていない。
米中の線引きと、自律兵器
米国土安全保障省(DHS)が、連邦の文民機関すべてに DeepSeek/ディープシークの製品を外すよう命じたと Bloomberg と CyberScoop が報じた。DeepSeek のモデルを使った他社の道具も対象で、今後の購入も禁じるという。根拠は連邦調達サプライチェーン安全法(FASCSA)で、Anthropic の指定に使われたのと同じ法律である。この法律が中国のオープンウェイトのラボにも使われたことになる。命令の原文はまだ確かめられておらず、連邦官報に載るのを待つ段階である。
中国の側では、商務部などが第49号公告を出した。群れ(クラスタ)の制御、妨害に強い自律航法、通信の弱い環境での人と機械の混合制御を、ドローンの輸出規制に加えた。一方で、消費者向けになった一部の品目は手続きを緩めている。施行は11月18日で、米国の名前は出していない。AI の技術を規制の目録に加える第48号公告の3日後で、規制の対象は自律の技術にも広がった。米中はそれぞれ、自国の安全の理由で AI と自律の技術に線を引いている。
兵器の側では、豪州が Anduril/アンドゥリルの無人潜水艇 Ghost Shark/ゴーストシャークに積む装備を公開した。1回の任務で最大12個の機雷を敷設する装備と、自爆ドローン Altius の群れを放つ装備である。量産される自律型の潜水艇に、武器の装備が初めて確認された。ただし、潜った船体から群れを放つ実演はまだない。米陸軍サイバー軍は、AI エージェントの作業をすべて人間の監督の下に置き、毎日人間に報告させると説明した。監督なしの権限を与えるかは、統治委員会が決めるという。軍の中でも、Excessive agency をどう抑えるかが運用の問題になっている。
ラボと研究:匿名モデルの正体、拡散言語モデル、数学
MiniMax/ミニマックスが M3.1 Flash を出した(自社ブログ)。OpenRouter に匿名で出ていた『Space Bunny Alpha』は、このモデルの初期版だった。出力は100万トークンあたり0.60ドルで、重みは『後で』出すという。詳細は『Space Bunny』の正体は MiniMax M3.1 Flashで報じた。
Artificial Analysis/アーティフィシャル・アナリシスは、DeepSeek V4.1-Flash-1017 に初めて第三者の点数を付けた。Intelligence Index は45で、オープンウェイトでは2位タイ、首位の MiMo-V2.6-Pro(46)まで1点である。1タスクの費用は0.49ドルから0.26ドルに下がった。一方で出力はとても長く、評価に2.1億トークンを使った(中央値は1.4億)。パラメータ数は総552B・アクティブ16B とされ、モデルカードの数字と同じである。DHS の命令が報じられたのは、性能が第三者に確かめられたのと同じ日だった。
Inception/インセプションは、拡散言語モデルの Mercury 3 を出した(自社の発表)。NVIDIA の GPU で毎秒1,068トークン、文脈は100万トークンで、出力は100万トークンあたり0.70ドルである。同社は GPT-6 Luna と Haiku 5.5 を一部のベンチマークで上回るとしている。数字はすべて自社のもので、第三者の評価はまだない。
数学では、Terence Tao/テレンス・タオが、OpenAI 発のジーゲル零点の証明の筋道をブログで解説した。読み解きに SAIR のオープンな数学モデルを使ったと明記している。解析的な証明はまだ『かみ砕いている途中』だという。詳細はTao、OpenAI 発のジーゲル零点の証明の筋道を解説で報じた。
解釈可能性の論争では、Zvi Mowshowitz/ズヴィ・モウショウィッツが中間の立場をとった。Qwen3-32B のニューロンの約9割に主な概念が1つあるという Cammarata/カマラタの発見は『重要な更新』だと認めた。一方で、解釈可能性がまもなく解けるという主張は退けた。Leo Gao/レオ・ガオは、ニューロンをシミュレートできなければ説明したことにならないとし、Nanda/ナンダは弱い活性化の問題が残ると指摘する。Cammarata は、弱い活性化は『意外なほど消しても平気』だと返している。Brangus は、『きれい』とされた Colorado のニューロンが Web フレームワークの Tornado にも強く反応することを示した。Anthropic の解釈可能性チームはまだ答えていない。
AI の文章の判定器をめぐっては、Emily Bender/エミリー・ベンダーが『Pangram is not an oracle』で Vauhini Vara/ヴァウヒニ・ヴァラを批判した。Vara は The Atlantic の記事で、判定器 Pangram を使い、ケイン賞の受賞作に AI が書いた疑いがあると示していた。Bender の主張は、点数は確率で証拠ではない、文学作品では試されていない、それを根拠に周縁化された作家を公に疑えば害になる、というものである。Vara の側は、過去の受賞作25本と作者の旧作も Pangram にかけ、すべて人間の作という判定だったことを対照として示している。Vara と The Atlantic の新しい返答はない。
動きがなかったところ
沈黙のほうが目立つ日だった。Anthropic、OpenAI、Google DeepMind はいずれも公式の発表がない。Amodei、Altman、Hassabis の発信もない。Codex の28日間のスプリントは15日目が『Tibo 待ち』のままで、OpenAI の『aurora』も、画像のモデルだという二次情報が広がっただけで、OpenAI の確認はない。
AEGIS 法案については、安全の陣営で名前を出して公に批判したのは Hashim と Khlaaf だけだった。Toner、Kokotajlo、Yudkowsky には新しい発信がない。強気の側では、ブームを擁護した名前のある論者は見つからなかった。発信したのは Gary Marcus/ゲイリー・マーカスと Ed Zitron/エド・ジトロンの懐疑の側だけだった。防衛テックの側からは、Palmer Luckey/パーマー・ラッキーが Anthropic の Public Benefit Fund を『米国民ではなく、それ以外の全員を助けるものだ』と批判したと報じられた(元の発言の日時は確かめていない)。Anthropic は答えていない。
Anthropic の S-1 はまだ EDGAR に出ていない。上場の評価額と7〜9月期の168億ドルも確認されていない。Microsoft は Nscale の件で公式に説明しておらず、Nscale は上場の価格帯を出していない。Samsung の NVHBM のベースダイを TSMC の3nm で作る件も、3社のどこも確認していない。ホワイトハウスと議会(11月3日の中間選挙まで休会)にも、AI の新しい措置はない。Mistral Large 4 の重み、Kimi K3.1、NVIDIA Bolt E4B も出ていない。
今週見るべき予定は、10月20日のメンフィスとラウドン郡の採決、21日の Meta の決算と Huang の GTC Berlin の基調講演、そして S-1 が公開されるかである。日中に戻した半導体株が週の終わりまで保つかは、CoreWeave の社債の利回りがさらに下がるかにかかっている。


