週末で大きな動きはほとんどなかった。目立った新着は2つで、別々の話に見えるが、どちらも『誰が、何を基準に決めるのか』という問いに行き着く。1つは、Microsoft/マイクロソフトが英国のネオクラウド Nscale/エヌスケールの拠点で GPU 約2.3万基を借りる契約から降りたと報じられたことだ。理由は資金ではなく、系統への接続が2030年代にずれ込むことだという。電力の制約が、工程を遅らせる段階から契約そのものを消す段階に進んだ。もう1つは、Anthropic/アンソロピックが持ち株の5%で公益のための基金をつくると発表したこと(一次情報)。同じ週末、同社の連邦法案の草案には、安全の陣営に続いて AI 倫理の陣営からも批判が出た。市場は休場で、ホワイトハウス、議会、EU、中国の当局にも新着はない。
産業・インフラ:系統が契約を動かし始めた
Telegraph/テレグラフの第一報を Reuters/ロイターと Bloomberg/ブルームバーグが追ったところでは、Microsoft はエセックス州ラフトンの拠点の中核のテナントから降りたとされる。拠点は約20億ポンドで、2025年9月のトランプの国賓訪問に合わせて発表された。接続の遅れ自体は9月29日に報じられていたので、新しいのは撤退のほうである。Nscale は Reuters に『関係は強く長期的で、ほかの契約に影響はない』と答えた。まだ報道ベースだが、ハイパースケーラーがネオクラウドの中核の契約から降りた初めての例になる。Nscale は9月18日に NYSE 上場の S-1 を出しており、報道によれば評価額最大350億ドルで約30億ドルの調達を狙う。契約残高の約85%を Microsoft と Anthropic が占めるとされ、上場の審査では、最大の顧客の片方が抜けたことの重さが問われる。詳細はMicrosoft、Nscale の英ラフトン拠点から撤退と報道で報じた。
これが単発でないことを示すのが、FT が報じた『米国の10兆ドルの AI インフラの好況にほころび』である(FT の本文は読めておらず、数字は二次情報による。掲載の時刻も確かめられていない)。RegLayer の集計では、2026年に米国の大型のデータセンター案件が少なくとも47件、遅れたか、取り下げられたか、阻まれた。Bernstein/バーンスタインは、計画中の案件のうち信用できるのは約35%だけと見積もる。理由は系統への接続、変圧器の不足、液冷の制約で、今年は1,000を超える自治体が建設の停止や制限を試みたという。SoftBank 系の SB Energy は、契約済みの売上4,300億ドルを実現するのに約1,740億ドルが要るとされるが、データセンターをまだ1つも完成させていない。
対立軸を整理する。強気の側は『需要は確かで、問題は供給が追いつく速さだけだ』と言う。弱気の側は『建たない案件を前提にした契約残高と社債が積み上がっている』と言う。ラフトンの件は、需要があっても電気が来なければ契約は消えることを示し、弱気の側に材料を与えた。ただ、週末のあいだはどちらの陣営からも、名前のある新しい論考は出ていない。最初の試金石は10月21日の Meta/メタの決算で、2026年の設備投資の見通し1,300億〜1,450億ドルを据え置くかが焦点になる。
半導体では、Samsung/サムスンが NVIDIA 専用の HBM『NVHBM』のベースダイに TSMC の3nm を使うと、ソウル経済が報じた。Reuters も追ったが情報源は1つで、各社のコメントはない。報道によれば、NVIDIA はメモリの3社すべてに、TSMC の3nm でベースダイを作るよう求めた。事実なら HBM の論理部分は3社とも TSMC に頼ることになり、Samsung のファウンドリには逆風になる。前の週(10月12〜16日)は SK hynix が−24.33%、Samsung が−17.75%で、いずれも2008年10月以来の悪い週だった(ソウル経済のまとめ)。なお、一部の集約サイトは SOX −3.83% を『10月17日』の値としているが、17日は土曜で、これは16日(金)の終値である。
Anthropic:自分で物差しを決める会社
Anthropic が発表した Public Benefit Fund は、同社が全額出資する LLC である。まず株式の5%を入れ(株主の承認が条件)、評価額が基準から50%上がるごとに2%を足せる。共同創業者の既存の誓約や社員の寄付への上乗せと合わせると、株式の約20%が公益に向かうという。基金の株式はロビー活動や政治に使えない。ただし統治の仕組みと評価額の節目は『今後数か月で』示すとしており、肝心の部分はまだ決まっていない。詳細はAnthropic、株式5%で『Public Benefit Fund』を設立へで報じた。
同じ週末、NBC は、Anthropic が Claude の価値観を誰が決めるべきかを法学者や民主主義の専門家と話し合ったと報じた。ただし最終的な判断は同社が持つという(本文は購読者限定で読めていない)。基金の統治、モデルの価値観、法案の閾値の3つはどれも、外の声を聞きながら、線を引くのは Anthropic 自身という形になっている。批判が向かったのはまさにそこだった。
AI Now Institute の Heidy Khlaaf/ハイディ・クラーフは Bluesky で、草案の『破局的なリスク』の定義(死者50人超か損害10億ドル超)を『平たく言えば独裁的だ』と批判した。民主的な討議なしに閾値を決め、いま AI が起こしている害を外している、という主張である。先週は Zvi/ズヴィら安全の陣営が『執行が弱く、州法の上書きが強すぎる』と批判した。Khlaaf はそれとは違い、安全という枠組みそのものを撃った。法案は、規制が弱すぎるという側と、問いの立て方がそもそも間違っているという側の両方から批判されていることになる。擁護の声は薄い。Anthropic の新しい発言はなく、6月の Advanced AI Framework を形にしたものだという既報の説明があるだけだ。一方、LessWrong の投稿は条文を引いて Zvi らの読みに一部反論した。裁判所の差し止め命令は45日で切れ、モデルの停止は上書きの対象から外れているという。ただ、どちらの議論も漏れた草案の読み方をめぐる争いで、原文はまだ確かめられていない。詳細はAnthropic の法案草案、AI 倫理の陣営も批判で報じた。
Mother Jones/マザー・ジョーンズも閾値を批判し、Anthropic の2026年上半期の連邦のロビー支出が、2025年の通年をすでに上回ったと書いた(二次情報)。CryptoBriefing は草案の対象を『10^25 FLOP』と伝えるが、日付も裏付けもなく、確度は低い。法案を提出する議員はまだ現れず、OpenAI、SIF、カリフォルニアとニューヨークの当局者も反応していない。議会は11月9日まで休会である。
Anthropic は別の批判も受けた。10月16日の報告書『The AI expectations gap』には、社員の答えを報告書のモデルに通すと2030年の GDP の伸びが17.1%になる、という数字がある。これに Carl Bergstrom/カール・バーグストロムが『ペンキを吸ってラリっている』とかみついた。報告書自体は、17.1%は直接の予測ではなく『Anthropic の計画を表すものではない』と書いている。名前を出してこの数字を擁護した人は、窓内にはいない。
研究・開発:Lean の学術誌と、未確認のモデル名
Terence Tao/テレンス・タオのブログに、AI と数学をめぐるゲスト投稿が2本載った。1本は、すべての証明を Lean で形式検証することを求める新しい学術誌の提案。もう1本は Francesco Maggi の論考で、LLM による発見の加速が数学の黄金期になるか暗黒期になるかを分ける8つの選択を挙げた。AI が出す数学の成果を受け止める制度は、機械で検証できることを前提に組まれ始めている。詳細は全証明に Lean での検証を求める新しい学術誌を提案で報じた。
OpenAI の API に未発表のモデル ID が3つ(aurora-red-alpha など)現れ、その後消えたという話が X で広まった。二次情報によるリークで、OpenAI のコメントも文書もない。red だけが 503 を返すとされるが、実際に応答した要求は示されていない。Codex の28日間のスプリントの最中なので、新しいモデルの前触れだという推測が出ているが、確認はできていない。そのスプリントでは、13日目に追跡ページが6回目の利用枠のリセットを反映した。ただし本人の投稿は確かめていない。14日目の発表はなかった。
前回の記事を1つ訂正する。OpenAI の不具合報告のページに10月15日付で載った4件を『4件とも重大』と書いたが、ページ上の深刻度は『High(高)』だった。報道の言い方に引きずられたためである。報告の総数は19件のままで、新しい項目はない。DeepSeek V4.1-Flash-1017 にはまだ第三者の評価がなく、パラメータ数も Hugging Face の763Bとモデルカードの552Bで食い違ったままである。
政策・防衛:データセンターが標的になる
中国の第48号公告の附属の目録の中身が、二次情報で分かってきた。学習計算が10^26 FLOP 以上、パラメータが2兆以上、世界の上位10位以内のいずれかに当たれば、モデルの重みの輸出が制限される。AI による脆弱性の発見も制限の対象に入った。附属の原文はまだ確かめておらず、米国政府の反応も見つからない。詳細は中国のAI技術の輸出規制、目録の中身が判明で報じた。
ウクライナは一晩でロシアに1,000機を超えるドローンを放ち、サンクトペテルブルクの石油ターミナル、VK のデータセンター、変電所などに当たったと、複数の媒体が報じた。VK は被弾を認めたうえで、サービスは止まっていないとした。ロシアも今月キーウのデータセンターを攻撃しており、データセンターは双方にとって明確な標的になった。冒頭の英国の件と並べると、計算資源は系統の遅れと戦火という2つの物理の制約に同時にさらされている。防衛産業では、Anduril/アンドゥリルの幹部が、先週公開した迎撃ミサイル Steelfin を欧州で作ることを検討すると Reuters に語った。候補地はポーランドとみられる。
ドイツでは、NVIDIA の Huang/フアンが表明した政府との提携が、10月19〜20日の『Invest in Germany』サミットで正式に発表される見込みだ。ここでも前回の記事を訂正する。Huang の GTC Berlin の基調講演は10月21日(水)11:00 CEST からで、会場は Tempodrom である(NVIDIA の公式ページ)。
動きがなかったところ
今週末の沈黙で目立つのは、法案のまわりである。Anthropic 自身の詳しい説明はまだなく、条件つきで評価したのは既報の Charlie Bullock だけだ。OpenAI に移った Dean Ball も何も書いていない。倫理批判の Bender、Gebru、Whittaker らも、Khlaaf に続いて発言してはいない。OpenAI の4件の事案には、Bengio のほかに新しい反応がない。CoreWeave の社債と CDS には週末の新しい値がなく、会社の声明も格付けの変更もない。バブル論でも、強気と弱気のどちらからも、名前のある新しい論考は出ていない(Zitron の窓内の投稿は AI と無関係)。
ホワイトハウスは AI の大統領令を出していない(最新は10月16日の制裁の大統領令)。SIF の議長 Clayton は Fox の番組で自分を『巡回の警官』と呼んだが、新しい政策も期限も示していない。Anthropic の S-1 はまだ EDGAR になく、Replit の Anthropic 離れについても声明はない。Google DeepMind、Meta AI、xAI、中国の主要な研究所、Epoch や METR にも新着はなく、arXiv は週末で公開がなかった。X は確認できておらず、Yudkowsky らの X での発言は未確認である。
今週の焦点は2日に集まる。10月20日はメンフィス市議会がデータセンターの停止を採決し(xAI が対象とみられる)、GTC Berlin が開幕する。10月21日は Meta の決算と Huang の基調講演である。FT の『47件』と Bernstein の『35%』が、ハイパースケーラーの設備投資の前提にどこまで響くかが、ここで初めて試される。




