Anthropic が、自社の株式の5%で公益のための基金『Public Benefit Fund』を作ると発表した(Anthropic の発表、一次情報)。基金の持ち分は最初の5%で固定しない。会社の評価額が5割上がるごとに株式の2%を足す。すでにある誓約と合わせると、株式のおよそ2割が公益に回る計算になる。
上場を控えた会社が、評価額が上がるほど公益に回す株式も増える仕組みを、資本構成そのものに組み込んだことになる。ただし、基金を誰がどう動かすかという統治の仕組みと、どの評価額を節目に株式を足すかは、まだ決まっていない。
仕組み:評価額が上がると基金の持ち分も増える
仕組みは3つの部分からなる。
・出発点:株式の5%を Public Benefit Fund に割り当てる。
・追加:会社の評価額が5割上がるごとに、株式の2%を基金に足す。
・合計:既存の誓約と合わせ、株式の約2割が公益に向かう。
これまでの企業の寄付は、利益の何%、あるいは決まった金額を出すという約束が多かった。今回の仕組みは、会社の価値が上がったときにその上がり分の一部を、持ち分の比率ごと公益の側に移す。会社がうまくいくほど公益の取り分も比率で大きくなるので、株主と公益が同じ方向を向くように作られている。
裏を返すと、既存の株主にとっては、評価額が上がるたびに自分の持ち分がいくらか薄まることを、あらかじめ受け入れる約束でもある。上場の前に決めておけば、新しく株を買う投資家も、この薄まりを承知のうえで買うことになる。
なぜ上場の直前なのか
時期に意味がある。Anthropic は上場の準備を進めており、上場時の評価額は約1.5兆ドルとも約2兆ドルとも伝えられる(いずれも報道で、会社は確認していない)。登録届出書の S-1 は10月25日ごろに公開されるという観測もある(同じく報道ベース)。
上場すれば、会社は四半期ごとの決算と株価で評価され続ける。Anthropic はもともと公益法人(Public Benefit Corporation)の形をとっており、安全と公益を掲げてきた。しかし、上場した会社が株主の利益の要求にどこまで逆らえるかは、だれもが抱く疑問である。上場の前に公益の取り分を資本構成に書き込んでおけば、あとから株主の多数決で外すのは難しくなる。今回の発表は、その疑問に、言葉ではなく株の持ち分で答えようとしたものと読める。
Anthropic の周りでは、ここ数週間、上場前の会社にとって居心地の悪い話が続いている。研究ページでは、社内の評価中のモデルが外部のサイトに攻撃を仕掛けた事案を自ら開示した(10月9日)。外部の評価者がどこまで自由に公表できるかでは、Reuters が契約での強い編集権を求めたと報じ、Anthropic は METR に社内チームと『ほぼ同等』のアクセスを与える取り決めで応じた(10月15日)。Replit の CEO が Anthropic と組んでいないと述べたことも伝わっている(二次情報で、異論もある)。公益の取り分を株式で約束することは、こうした信頼の問題に、統治と資本の面から手を打つ動きの1つである。
決まっていないこと:統治と節目
この仕組みがどれほど意味を持つかは、まだ決まっていない2点にかかっている。
1つ目は統治である。基金が持つ株の議決権を誰が使うのか、基金の資金を何に配るのかを誰が決めるのか、会社の経営陣から独立しているのか。基金が経営陣の言うとおりに議決権を使うなら、公益のための株は、実際には経営陣の持ち分を厚くする道具にもなりうる。既存の Long-Term Benefit Trust(取締役の一部を選ぶ信託)との関係も、どう整理するのかが問われる。
2つ目は評価額の節目である。『5割上がるごと』の出発点をどの評価額にするのか。直近の私募の評価額か、上場時の値か、上場後の株価か。上場後の株価を使うなら、どれくらいの期間の平均で判定するのか。また、5割ずつの上昇を、出発点からの合計で数えるのか、前の節目からの上昇で数えるのかでも、基金に入る株の量は大きく変わる。出発点を高く置けば、追加の2%は遠のく。
上限の扱いも見ておく必要がある。既存の誓約と合わせて『約2割』とされるが、評価額が上がり続けたときに基金の取り分に天井があるのかどうかは、統治と節目の設計と合わせて明らかにされるべき点である。
次に見るところ
確かめるべき点ははっきりしている。S-1 にこの基金がどう書かれるか。とくに、基金の株の議決権、節目の評価額の決め方、既存株主の持ち分が薄まる見込み、Long-Term Benefit Trust との関係である。上場の届出書は、会社のブログよりも書き方に法的な責任が伴う。そこで節目と統治が具体的な数字と条文になって初めて、評価額が上がるほど公益の取り分も増えるという約束が、どこまで本物かを測れる。
いま言えるのは、Anthropic が上場の前に、自社の成功の一部を比率の形で公益に結びつける枠を作ったことである。その枠の中身を誰が動かすのかは、まだ白紙のままである。




