米国のAI規制をめぐる連邦政府と州政府の対立が2026年、法廷闘争の段階に入ろうとしている。発端は2025年12月11日、連邦議会が州のAI法を無効化する法案の可決に2度失敗した直後、トランプ大統領が署名した大統領令「AIの国家的政策枠組みの確保」だ。MIT Technology Reviewによれば、この命令は急成長するAI業界に対する州規制の継ぎはぎがイノベーションを阻害するとの立場から、連邦主導で「最小限の負担」となる国家AI政策の確立を目指すものだ。ロイターも署名直後に速報を出し、産業界と規制推進派の双方が反応を示した。
大統領令の中身:商務省・司法省が州法を精査
大統領令の具体策は多岐にわたる。KPMGの解説によると、商務長官には連邦方針と対立する各州のAI規制の特定を指示し、特定された規制に対しては新設の「AI訴訟タスクフォース」を通じて司法長官が提訴する。さらに過剰規制と判断された州には、連邦のブロードバンド助成プログラムの提供を停止する措置も盛り込まれた。地経学研究所(IOG)のトラッカーによれば、州法がAIモデルに特定の価値観や方針を埋め込む場合の連邦法抵触の検討や、統一的なAI政策枠組み策定のための立法勧告作成も命じられている。これは単なる政策文書ではなく、行政機関の予算配分権限を武器化した点で従来の連邦・州関係とは一線を画す試みだと指摘されている。
連邦議会は行き詰まり、州が唯一の規制主体に
連邦レベルでの統一立法は難航が続く。2025年5月に提出された「One Big Beautiful Bill Act」には州・自治体によるAI規制を10年間禁止する条項が含まれていたが、7月2日に上院が削除した経緯がある。その後も12月11日に議会は州法禁止法案の可決に再び失敗しており、行政府が大統領令で先行する構図が続く。一方でInnovatopiaが報じる「Great American AI Act」構想では、AIモデルの「開発」を規制する州法を3年間停止させる時限的プリエンプション条項が議論されており、トレイハン議員は成立すれば2029年12月ごろに失効すると説明している。大統領令の署名からわずか2日後には同法案の草案が公表されており、行政と立法の連携が急ピッチで進んでいる様子がうかがえる。
州側は後退せず:SB53とRAISE法が試金石
大統領令にもかかわらず、州は独自規制の手を緩めていない。カリフォルニア州は2026年1月1日、全米初のフロンティアAI安全法「SB53」を施行した。これに続きニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は12月19日、AI企業にモデルの安全開発プロトコルの公開と重大インシデントの報告を義務付ける「責任あるAI安全・教育(RAISE)法」に署名した。両法は業界の激しいロビー活動で当初案より内容が薄まったとはいえ、テック大手とAI安全性擁護者の間で成立した数少ない妥協の産物とされる。KPMGの2025年上半期レポートは、バイデン政権期に芽生えた州レベルの規制機運が政権交代後もむしろ加速したと分析しており、両州の法制化は今後の他州の立法モデルになる可能性が高い。
標的はコロラド州のアルゴリズム差別禁止法か
大統領令が実際にどの州法を狙うかについて、コーネル・ロー・スクールのジェームズ・グリンメルマン教授は「主にAIの透明性とバイアスに関連する少数の条項に異議を申し立てるために使用されるだろう」と分析する。KPMGの報告でも、コロラド州の「アルゴリズム差別」禁止法が名指しで言及されており、AIモデルにイデオロギー的偏りの排除を求める規定が、差別回避のため虚偽の結果を出させる強制になりかねないとの理屈が用いられている。ZDNet Japanも、ホワイトハウスの新たな政策指針が州法を連邦が先取りするよう求めていると報じており、州の消費者保護策が連邦訴訟の標的になり得る構図が浮かぶ。専門家の間では、訴訟の初期段階で狙われるのはコロラド州のような比較的小規模州の法律であり、勝訴実績を積んだ上でカリフォルニアやニューヨークのより広範な規制に照準を移す戦略ではないかとの見方も出ている。
2026年は選挙とスーパーPAC資金も焦点に
この対立は法廷だけにとどまらない。テック業界大手とAI安全性擁護者の双方が資金提供する対立するスーパーPACが、連邦議会・州議会双方に競合するビジョンを支持する議員を送り込むため数千万ドル規模の資金を投じる見通しだ。カリフォルニア州やニューヨーク州のような民主党州が大統領令に基づく提訴を受けて法廷闘争に踏み切る一方、AI規制の支持者を抱えるフロリダ州のような共和党州が続く可能性も指摘されている。バイデン政権が2023年10月に発令した「AIの安心・安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」を、トランプ政権が2025年1月23日の大統領令で無効化した経緯を踏まえれば、政権交代のたびに方針が反転するリスクも、企業のコンプライアンス設計における不確実性として残り続ける。業界団体からは、選挙結果次第で2029年以降に再び規制の振り子が逆方向へ動く可能性を織り込んだ長期戦略が必要だとの声も上がっている。
