大統領令14365号が突きつけた「連邦一元化」
2025年12月11日、ドナルド・トランプ大統領は州独自のAI規制を阻止する大統領令14365号に署名した。連邦議会が州のAI法を封じる法律の可決に2度失敗した直後の動きで、CNNによると、ホワイトハウスのウィル・シャーフ補佐官は「AI業界を機能不全にしかねない州レベルの規制ではなく、単一の国家的枠組みでAIを稼働させる」と説明した。命令は司法省に州法を争う特別タスクフォースの設置を指示し、商務省には「過度に負担」な州法を持つ州への連邦ブロードバンド資金停止を検討させる。XenoSpectrumの分析では、第8節が求める連邦立法案でも子どもの安全、データセンターなど計算基盤、州政府自身のAI調達・利用は先取り対象から明示的に除外されており、命令だけで州法が一斉に無効化されたわけではない。この除外規定こそが、後述するニューヨーク州やカリフォルニア州が独自路線を継続できる法的な余地となっている。
ニューヨーク・カリフォルニアは規制を撤回せず
大統領令の署名からわずか8日後の2025年12月19日、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は責任あるAI安全・教育法(RAISE法)に署名した。ウォール・ストリート・ジャーナル日本版はこれを「トランプ大統領令を無視」した動きと報じた。RAISE法はAI企業にモデル開発の安全プロトコル公開と重大インシデントの報告を義務付ける。2026年1月1日には、これに先行するカリフォルニア州の全米初のフロンティアAI安全法「SB53」も施行され、生物兵器やサイバー攻撃といった破滅的リスクの防止を目的とする。両法とも業界ロビー活動で当初案から後退させられたものの、テック大手とAI安全性擁護派の妥協の産物として維持されている。州法制定の背景には、2023年以降の生成AIブームで連邦レベルの包括法が成立しない中、州議会が先行して安全規制の枠組みを整備してきた経緯があり、今回の大統領令はその流れを止めようとする初の本格的な対抗策と位置づけられる。
2026年、法廷闘争と資金の攻防
MIT Technology Reviewは、2026年の戦場が法廷に移ると指摘する。コーネル・ロー・スクールのジェームズ・グリンメルマン教授は、大統領令は「主にAIの透明性とバイアスに関連する少数の条項に異議を申し立てるために使用されるだろう」と述べる。テック業界大手と安全性擁護団体が資金提供する対立するスーパーPACが、議会・州議会選挙に数千万ドルを投じる構図も生まれている。Bloombergは、地方ルールの排除を求めてきたハイテク業界にとって条件付きの勝利になったと評した一方、責任あるイノベーションのための米国人(ARI)代表ブラッド・カーソン氏は命令が「裁判所で行き詰まるだろう」と批判している。専門家の間でも、連邦の権限が及ぶ範囲について見解が割れており、憲法上の通商条項をめぐる争いが最高裁まで持ち込まれる可能性も指摘されている。
連邦側も攻勢継続——大統領令14409号とNSPM-11
政権は州法対策にとどまらず、2026年6月2日に大統領令14409号、同6月5日にNSPM-11を相次いで発した。14409号は最先端AIモデルを開発する企業に対し、公開の最大30日前に政府への任意アクセスを認める枠組みで、機密ベンチマークによるサイバー能力評価を含むが、強制的な許認可や事前承認は設けない。一方NSPM-11は国家安全保障機関が採用するAIに信頼性・制御可能性の確保、試験・評価・妥当性確認・検証を義務付け、原則に反復して反する企業とは契約解除を指示する。XenoSpectrumはこれを「統制ゼロより選別型」の実務と整理し、国防長官に90日以内の自律兵器指令更新、国家安全保障機関に120日以内のリスク管理戦略策定を求めている。これら2文書は大統領令14365号とは異なり、州法との直接対立を避けつつ連邦機関自身の調達・運用基準を厳格化する狙いがあり、規制の空白を埋める補完策と見る向きもある。
議会の草案とNY州データセンター規制
立法府でも動きがある。Innovatopiaによると、超党派で269ページの「Great American AI Act」草案は、モデルの重みとアーキテクチャという「開発」層は連邦が統一的に握り、雇用・住宅・医療・信用など人と接する「利用」層の規制権限は州に残す3年間の先取り案を示す。批判者は未成年向けAIコンパニオンアプリの規制などで線引きが曖昧になると懸念する。並行してニューヨーク州は独自路線を止めていない。2026年7月14日、ホークル知事は50メガワット以上の新規データセンター建設を1年間凍結する命令に署名し、BigGoファイナンスによれば州環境保全局が許認可審査を保留する。テック大手はAIインフラに年7000億ドル規模を投じると見込まれる中、州レベルの規制強化が投資計画に直接影響し始めている。
企業が直面する三層構造のコンプライアンス
今回の一連の動きを整理すると、AI企業は少なくとも三つの規制層に同時対応を迫られる。第一に連邦の大統領令群(14365号・14409号・NSPM-11)、第二にニューヨーク州RAISE法やカリフォルニア州SB53のような州安全法、第三にデータセンター立地をめぐる州・自治体レベルのインフラ規制である。これらは適用範囲や罰則、報告義務の粒度が異なり、単一の遵守体制では対応しきれない。業界団体は連邦一元化によるコンプライアンスコスト削減を期待していたが、少なくとも2026年内は州法が並存する現実を前提とした法務・渉外体制の構築が求められる。


