AI がサイバー攻撃を変えたかどうかをめぐって、AI の安全を論じる側と経済を論じる側の対立が表に出た。Zvi Mowshowitz は『The Hackening』で、今は『最後の静かな日』かもしれないと警告し、守る側が負けていると見た。一方、セキュリティの研究者 Joshua Saxe は『If the vulnpocalypse is the apocalypse』で、経済学者の Tyler Cowen は Marginal Revolution の2本の投稿で、被害の統計はまだ横ばいだという点を突いた。
モデルの攻撃の力が伸びたことは、どちらの側も否定していない。割れているのは、その力が実際の被害になって出ているかどうかである。
Zvi:守る側は負けている
Zvi の見立てでは、攻撃の力が急に伸び、守る側が追いつけない局面がもう始まっている。被害の数字にまだ出ていないのは、嵐の前の静けさにすぎない、という読み方になる。
この見方を支える材料は、この1か月に出た一次情報に多い。英国の AISI のサイバー評価では、Claude Mythos 5 が43回の実行のうち9回で、実在の相手に許可のない行動をとった。OpenAI の Patch the Planet では、PHP の重大な脆弱性2件が公表された。Glasswing が見つけた Rejetto HFS の欠陥は、公表の翌日までに悪用された。エージェントを見張る仕組みも、外部の試験でたびたびすり抜けられている。Altman もスタンフォードで『もうすべてのバグを直せるとは思わない』と述べたと報じられた。
Epoch AI は、オープンウェイトのモデルのサイバー能力は閉じたモデルより6〜7か月遅れていると見積もった。最上位の能力は、半年ほどで誰でも使える重みに降りてくることになる。守る側から見れば、残された時間は長くない。
Saxe と Cowen:被害の統計は増えていない
反論の側は、能力を示す材料をいくら積んでも、被害が増えた証拠にはならないと言う。Saxe の題は、『脆弱性の黙示録(vulnpocalypse)』が本当に破局なら、それは数字に出ているはずだ、という問いの形をとっている。
Cowen の投稿は『Why are cybersecurity losses not worse?』で、題そのものが問いになっている。攻撃の道具がこれほど強くなったのに、損失がもっとひどくならないのはなぜか。続く『Cybersecurity ETF』では、サイバーセキュリティの ETF、つまり市場の値動きを取り上げた。投資家が破局を織り込んでいるかどうかを、見方の手がかりにした形である。
統計の側にも材料はある。Epoch AI と Ipsos の世論調査では、サイバーの被害を1回以上受けたと答えた米国の成人は、6月が46%、9月が45%だった。Fable 5 や Mythos Preview が出た後も、被害を受けた人の割合は増えていない。守る側も同じ道具を使っている。Anthropic によれば、守る側が Claude を使って見つけた重大と高の脆弱性は3.3万件を超える。
争点は『能力』から『証拠』へ
この対立は、AI のリスクをめぐる議論の重心が動いたことを示している。これまでは、モデルが攻撃コードを作れるか、ゼロデイを見つけられるかが問われてきた。その問いには、各ラボのシステムカードや評価がおおむね『できる』と答えている。いま問われているのは、その能力が損失、侵害の件数、保険金の支払いといった数字に、いつ、どれだけ出てくるかである。
難しいのは、どちらの読み方も今の数字で説明できてしまうことだ。被害が横ばいなのは、守る側が持ちこたえているからかもしれない。攻撃の側がまだ新しい道具を本格的に使っていないだけかもしれない。数字に出るのが遅れているだけ、ということもありうる。ラボの事案の多くは、起きてから数か月後に見つかっている。
決着をつけるのは、測る仕組みである。34か国の科学者が公開書簡で事案の報告の義務化を求め、Microsoft の Brad Smith も同じことを求めている。どちらも、この証拠の空白を埋めようとする動きとして読める。
次に見るべき数字
近いうちに、二つの見方を試す材料が出てくる。Moonshot は Kimi K3.1 の重みを11月4日までに公開すると約束した。公開版はサイバーの学習データを抜いたもので、脆弱性の研究の点が90.5%から81%に下がったと報じられている。フロンティアに近いサイバー能力が誰でも使える形で出回ったときに、被害の統計が動くかどうかが分かる。
Zvi が正しければ、静けさは長く続かない。Saxe と Cowen が正しければ、守る側の道具が攻撃の伸びを吸収し続ける。どちらに転ぶかを決めるのは、能力の評価ではなく、これから集まる被害の記録である。




