日本の医療現場でAI診断支援ツールの導入が具体的な数値成果を伴って広がっている。画像診断の自動判別にとどまらず、生成AIによる文書作成支援や治験患者抽出まで用途が拡大し、業務時間の大幅削減が報告される一方、AI医療機器の薬事承認数では米国との差が依然として大きい。厚生労働省が保健医療分野のAI活用推進懇談会を立ち上げてから約8年が経過し、現場実装のフェーズに入りつつあるが、制度整備は追いついていない構図が浮かび上がる。
Ubie生成AI、全国100病院に導入し月10万セッション突破
医療AIスタートアップのUbie株式会社は、2024年に提供を開始した「ユビー生成AI」が1年半で大学病院10施設以上を含む全国100病院に導入されたと発表した。同社のプレスリリースによれば、2026年1月時点の月間利用数は10万セッションを突破し、現場発の創意工夫により8000件以上のユースケースが生まれているという。特定の電子カルテに依存せず、PC・スマホ・タブレットから利用できる柔軟性が評価されており、看護記録、退院サマリ、患者向け説明文書の下書きなど、診療科をまたいだ多様な業務に横展開されている点が特徴だ。同社は導入病院間でプロンプトの活用事例を共有する仕組みも整えており、後発の導入病院が立ち上げ期間を短縮できる好循環が生まれつつある。
退院サマリ42.5%削減、九州大学は年間6500万円の収益改善
導入成果は具体的だ。恵寿総合病院では退院時看護サマリの作成時間を42.5%削減し、看護師の心理的負担も27.2%軽減した。南部徳洲会病院ではIC記録作成など月間約4000件の業務に音声要約機能を活用し、月約200時間の業務時間創出を実現。亀田総合病院は実証実験で電子カルテ連携によりがん登録業務の情報収集時間を年間約3割削減できることを確認した。収益面では九州大学病院がDPCコーディングの精度向上と効率化により、年間6500万円以上の収益改善見込みを示している。これらの数値は単発の実証ではなく、複数施設で継続運用された結果である点が説得力を持つ。
NECも同様の潮流を後押しする。NECのコラムによると、2023年に東北大学病院と橋本市民病院で行った実証では、AIによる医療文書作成支援で作成時間を平均47%削減できたと報告されている。さらにNECと東北大学病院は2024年10〜12月、電子カルテ情報から治験候補患者を抽出する実証実験を子宮体がん患者を対象に実施し、候補患者の抽出精度向上を確認した。治験候補者の抽出は従来、医師や治験コーディネーターがカルテを目視で確認する手作業に依存してきた領域であり、AIによる一次スクリーニングは治験参加率の底上げにもつながると期待されている。
看護業務でも成果、転倒転落インシデントは61.7%減
厚生労働省の中央社会保険医療協議会「入院・外来医療等の調査・評価分科会」の調査でも定量効果が示されている。NECの紹介コラムによれば、転倒・転落予測システムAIの導入により、リスク判定に係る時間は患者1人あたり5分から0分に削減され、転倒・転落インシデント報告件数は導入前460件から導入後284件へ61.7%減少した。看護記録作成の負担軽減は離職防止にも直結するとされ、慢性的な人手不足に悩む中小規模病院ほど導入メリットが大きいとの見方もある。ただし分科会委員からは「ICT機器活用が広く普及しているとは言えない状況」との指摘もあり、看護管理者が主導する現場ごとの検討が課題として残る。導入コストの捻出方法や、既存業務フローとの整合性をどう取るかが、今後の普及速度を左右する要因になりそうだ。
画像診断支援は保険適用済み、6領域で研究進む
産業技術総合研究所の解説によれば、厚生労働省は保健医療分野のAI活用推進懇談会でゲノム医療、画像診断支援、診断・治療支援、医薬品開発、介護・認知症、手術支援の6領域を重点領域に挙げており、最も実用化が進むのが画像診断支援だ。2022年度の診療報酬改定では「AIを用いた画像診断補助に対する加算」が保険適用され、大腸内視鏡や胃カメラなど消化器内視鏡分野ではすでに製品化が進んでいる。産総研では膀胱内視鏡の診断支援システムが2020年と2021年に日本泌尿器科学会総会賞を受賞したが、実証段階にとどまり製品化には至っていない。画像診断領域は治験・承認プロセスが比較的確立されている一方、生成AIを用いた文書作成支援や意思決定支援は薬機法上の位置づけが曖昧なケースも多く、承認の枠組み自体を整理し直す議論が続いている。
薬事承認は41件、米国1000件超との差が政策課題に
普及の裏で制度的な壁も指摘される。日本医療政策機構が2026年4月17日に開催した専門家会合をもとにまとめた論点抽出ペーパーによれば、AI医療機器の薬事承認数は2024年時点で約41件にとどまり、米国の1000件超と比較して発展の余地が大きいとされる。同ペーパーはエビデンス構築、PMDA審査体制、市販後運用、市民・患者の信頼醸成、保険償還の谷、希少疾患領域でのデータ活用基盤という6つの論点を整理し、2027年度に予定される「医療機器基本計画」第3期改定に向けた議論の素材とする狙いだ。特に希少疾患領域では、プライマリケア段階での診断ラグ短縮に向けた導入支援やオーファン医療機器指定制度の見直しが論点に挙げられている。専門家会合では、保険償還が承認後に追いつかない「谷」の期間が投資回収を難しくし、開発企業の参入意欲を削いでいるとの指摘も出ている。
現場レベルの効率化事例が積み上がる一方、承認制度や保険償還の枠組みが追いついていない構図が浮かぶ。文書生成AIのように薬機法の対象になりにくい業務効率化ツールが先行普及し、画像診断など高度な医療機器承認が必要な領域は制度整備待ちという二層構造が当面続く可能性が高い。産官学民の継続的な連携が、次のフェーズでの普及速度を左右しそうだ。
