2026年9月9日から10日にかけて、AIスタートアップの巨額資金調達が業種を問わず相次いで発表された。法務AIから顧客関係管理(CRM)、半導体インターコネクトまで対象は多岐にわたり、いずれも直近の評価額を大きく押し上げる規模となっている。単発の大型調達ではなく、わずか2日間に複数分野で同時発生した点が今回の特徴であり、AI投資マネーの厚みが分野横断で拡大していることを示している。従来はOpenAIやAnthropicなど基盤モデル企業に集中しがちだった巨額資金が、応用レイヤーやインフラ周辺へと裾野を広げている点も見逃せない。
法務AI Harvey、評価額155億ドルへ
法律業務向けAIを手掛けるHarveyは9月9日、Diffusionとライトスピード・ベンチャー・パートナーズが共同主導する資金調達ラウンドで5億5000万ドルを調達し、評価額は155億ドルに達したと発表した。既存投資家のセコイア、クライナー・パーキンス、a16z、コーチュー、GIC、ゴールドマン・サックス・オルタナティブズなどに加え、サファイア・ベンチャーズやホエール・ロックが新規参加した。同社は今回の資金を、法律事務所や企業内法務チームがスケールでAIを構築・運用できるようにする取り組みに投じるとしており、初のポストトレーニング済みオープンウェイトモデル「Harvey Tenet」の展開や、法務エージェント向けベンチマーク「Harvey LAB」の始動とあわせて発表された。法務分野はミスが許されない性質上、これまでAI導入に慎重な業界とされてきたが、専用ベンチマークの整備によって精度検証を可視化し、大手法律事務所の採用ハードルを下げる狙いがあるとみられる(Unite.AI)。
CRMのLightfieldはa16z主導で4700万ドル
翌9月9日には、AIネイティブのCRMプラットフォームを開発するLightfieldが、アンドリーセン・ホロウィッツ主導のシリーズAで4700万ドルを調達したと発表した。共同創業者のキース・ペイリス氏によれば、2025年11月のローンチ以来5000社以上が導入しており、セールスフォースからの全面移行を進める企業も出ているという。投資家のジョー・シュミット4世氏らはLightfieldを「エージェント時代のCRM」と評した(Unite.AI)。評価額155億ドルのHarveyと比べれば規模は小さいが、シリーズA段階からエージェンティックワークフローを前提とした製品設計で急成長している点が投資家の関心を集めた。営業データ入力や顧客対応の自動化を人手を介さず完結させる設計思想が、既存CRM大手からの乗り換えを後押ししているとみられる。
半導体インターコネクトにも資金集中
AIインフラの下支えとなる半導体分野でも大型調達が相次いだ。AIチップ開発のポジトロンAIは9月10日、最新ラウンドで8億7500万ドルを調達し企業価値が急騰したと報じられた(TradingView)。同日、共同パッケージ光学(CPO)技術を手掛けるAyar Labsも追加で1億5000万ドルを調達したと発表し、2026年の累計調達額は6億5000万ドルに達した。CEO兼共同創業者のマーク・ウェイド氏は「銅インターコネクトがAIのスケールアップの制限要因となりつつある」と述べ、資金を製品開発や製造ネットワークの拡張、インド・バンガロールの新設デザインセンター開設に充てるとした(Unite.AI)。AIモデルの巨大化に伴い、演算チップだけでなくラック間の光接続技術にも投資が向かっている構図が見え、データセンター設計そのものが電力効率と帯域幅を軸に再編されつつある実態を反映している。
「シード」の定義が崩れる超大型ラウンド
こうした巨額化は前段階のラウンドにも及んでいる。米AIスタートアップのHumans&は評価額44億8000万ドルで4億8000万ドル(約740億円)規模のシードラウンドを実施したと報じられ、ブルームバーグは「もはやシードという呼称が当てはまらない」との指摘を伝えた(Bloomberg)。さらに4月にはAIコーディングのCursorがエヌビディアの支援を受け20億ドルを調達して企業価値をほぼ倍増させ(Benzinga)、5月以降はAnthropicが評価額でOpenAIを上回る可能性がある3000億ドル超の超大型ラウンドの観測も浮上している。段階を問わず調達額と評価額の桁が一段上がっている現状は、投資マネーの供給過多と、導入実績が伴わないまま評価額だけが先行するリスクの両面を示している。業界関係者の間では、シード・シリーズAといった従来の段階区分が実態と乖離し始めており、投資判断の基準そのものを見直す必要があるとの声も出ている。
