24倍から3分の2消失まで——SALPの急騰と急落
元OpenAIのスーパーアラインメントチーム出身、レオポルド・アッシェンブレナー氏が率いるヘッジファンド「Situational Awareness LP(SALP)」は、2024年末の運用開始時に約2億2500万ドルだった資産が2025年末には55億2000万ドルに膨らみ、12カ月で24倍という成長を遂げた。設立から半年で純リターン47%を記録し、同期間のS&P500の上昇率6%未満、テクノロジー系ヘッジファンド平均7%を大きく上回ったとmoomooコミュニティは伝えている。2026年6月には運用資産が200億ドルを超えたとInvesting.comが報じ、その後約3.5倍のレバレッジをかけてピーク時約450億ドルまで膨張したとの報道もある。
しかし2026年7月、半導体株を中心にAIトレードが逆回転すると事態は一変した。野村證券のレポートによれば、SALPの7月の運用収益率はマイナス67%となり、プライムブローカーが上場株式ポートフォリオ全体を清算、資産の大半をシタデル(ケン・グリフィン氏の会社)が買い取ったとされる。この結果、その後の相場反発局面を取り逃したと野村ウェルスタイルは指摘している。
7月のAI株急落、業界全体を直撃
フィラデルフィア半導体指数(SOX)は2026年6月22日をピークに1カ月で20%以上下落し弱気相場入り、KOSPI(韓国総合株価指数)も40日間で40%以上下落した。個人投資家のレバレッジ取引が盛んな韓国では120万口座が追証に見舞われ、数十万口座が全清算されたと報じられている。SALPだけでなく、Bloombergの報道でも著名ヘッジファンドが7月に相次いで大幅損失を計上したことが伝えられ、AI関連株の急落が業界全体を揺らしたことがわかる。
一方で世界のヘッジファンド業界を俯瞰すると、ロイターは2026年上期の運用成績がAI関連銘柄の上昇を追い風に好調で、2025年実績を上回る過去最高水準になる可能性を伝えていた。つまり上期の追い風と下期入り口の逆風という振れ幅の大きさが、AIテーマ集中の脆弱性を象徴している。
「一極集中」の教訓——LTCM、GSクオンツショックとの類似
マン・グループのリサーチャー、ハリー・ムーア氏は「Top Traders Unplugged」の対談で、SALPの破綻を1998年のLTCMショックや2007年のゴールドマン・サックス・クオンツショックと並ぶ一極集中リスクの事例と位置づけた。書類上はドルニュートラルやマーケットニュートラルに見えるポートフォリオであっても、「テーマがあなたを足元からすくう」ことがあると同氏は指摘する。SALPは半導体を買い持ち、ソフトウェアを売り持ちにする構造だったとみられ、AIトレードが反転した際に両方から打撃を受けた可能性がある。
実際、アッシェンブレナー氏自身は2026年6月にマイクロン株のポジションを全て売却し、銀・ビットコイン・イーライリリーへローテーションするなど機動的な判断も見せていたとBigGoファイナンスは伝える。だが中核ポジションのレバレッジ規模が大きすぎたため、部分的なリスク回避策では損失を食い止められなかったとみられる。
AI活用と運用成果は別物——ウォールアイの事例
AIを積極活用する運用会社が必ずしも同じ道をたどるわけではない。運用資産約100億ドルのマルチストラテジー・ヘッジファンド、ウォールアイのウィル・イングランドCEOは、従業員の約75%がChatGPTまたは類似ツールを毎週利用し、約3分の1がWindsurfなどのAIコーディング支援ツールを使っていると明かした。同氏は「AIという重りを持ち上げるか、持ち上げないか」と全社員に迫り、AI研修を義務付けている。ここでのAI活用は執筆業務の効率化(4〜5時間かかっていた作業を約15分に短縮)など業務プロセスの改善が中心であり、SALPのようなAIテーマへの投資判断そのものとは性質が異なる点が対照的だ。
日本株市場への波及と今後の展望
野村證券のストラテジストは、2026年6月22日をピークに下落したSOX、KOSPI、日経平均株価が7月29日に底を打ったものの、短期的な下落とリバーサルが重なった局面では元の高値を奪回するまで1年程度かかる傾向があると分析している。8月5日時点で2026年年初来の自社株買い枠設定は20兆円に達し、金融セクターへの資金シフトが目立つ一方、AI・半導体株のポジション調整は当面続くとの見方も示された。SALPの急拡大と急落は、単一テーマへの過度な集中投資が生む脆弱性を象徴する事例として、今後も機関投資家のリスク管理議論の参照点になるとみられる。


