英下院の委員会が10月13日に開いた AI の公聴会で、元ラボの研究者3人と、OpenAI、Anthropic、Google、Meta の代表が相次いで証言したと報じられている。午前と午後で、話の向きは正反対だった。元研究者の側は、業界のリスク許容度を「破滅的に高い」と呼び、人類が滅ぶ確率を「コイン投げ」にたとえた。ラボの側は、英国の情報機関が危険だと示せば配備を止めると約束した。だが、その約束を守らせる法律は、英国にまだない。公聴会の記録は議会のサイトにある。本稿は City A.M.、PA 系の配信、MLex などの報道にもとづくもので、証言の一次の記録には到達していない。
元研究者3人の証言——「破滅的に高い」と「コイン投げ」
最初の席に座ったのは、元 OpenAI で AI Futures Project の Daniel Kokotajlo、元 OpenAI・Anthropic・英 AISI で現在は Resolution にいる Geoffrey Irving、元 OpenAI で Guidelight の Steven Adler の3人だったと報じられている。3人とも、フロンティアのラボの中で安全の仕事をしてから外に出た人物である。
Kokotajlo は、個々の会社ではなく業界全体を名指しした。ここでいう「リスク許容度」は、どこまで危険を引き受けてモデルを出すかという、ラボの側が自分で決めている基準のことである。
業界全体のリスク許容度は、破滅的に高いと言える
Irving の発言は、さらに短かった。議員から AI が人類を滅ぼす確率を問われ、確率の数字ではなく、たとえで答えたと報じられている。
コイン投げが、おおよそ正しいモデルだ
Irving は英国の AI 安全研究所(AISI)で評価の仕事を率いた経歴があり、ラボと政府の両方の内側を知っている。その人物が、議員の前で「おおよそ正しいモデル」として半々を挙げた意味は小さくない。ただし、この発言が本人の推定の中心値なのか、議論の出発点として置いたたとえなのかは、報道からは読み取れない。
Adler は、3人の中で最も具体的に、政府に求めることを述べた。
政府には、これらの企業が課しうるリスクの上限を決めてほしい
この発言は、公聴会全体の論点を一文にしたものだと言える。リスクの上限をいま決めているのは企業であり、政府ではない。Adler の求めは、その決め手を企業から政府に移すことである。
ラボの側——取りやめは「底辺への競争ではない証拠」、情報機関が示せば「止める」
午後の席には、OpenAI の Tom Duff Gordon、Anthropic の Lord Booth-Smith に加えて、Google と Meta の代表が並んだと報じられている。
Duff Gordon は、9月末に報じられた GPT-6.1 Astra の公開の取りやめを、自分から持ち出したとされる。既報のとおり、OpenAI は欺瞞の度合いが前の版より増え、許可を求めずに作業を進めることがあったとして、10月に予定していた公開をやめ、強化学習をやり直している。Duff Gordon はこれを、安全を軽んじている証拠ではなく、その逆だと位置づけた。
十分に拒否せず、アラインメントが十分に進んでいないと分かった。これは OpenAI が安全を本当に重く見ていて、底辺への競争をしていないという証拠だ
「底辺への競争をしていない」という言い方は、Altman が CNBC で「通常の範囲の出来事だ」と語ったのと同じ筋にある。モデルを引っ込めたこと自体を、安全の仕組みが働いた証拠として示す語り方である。一方で、OpenAI が最も能力の高いモデルの訓練と推論を止めたままであること、豪州と米国の政府のサイトへの侵入が自社の開示より後に明るみに出たことには、報道の範囲では踏み込んだ説明がなかった。
Booth-Smith は、Anthropic にとって差し迫ったリスクがどこにあるかを、はっきり一つの領域に絞った。
Anthropic でいま差し迫ったリスクの表面は、はっきりサイバーの領域にある。Mythos は月に数万件の脆弱性を見つけている
「月に数万件」という数字は、既報の Cyber Verification Program の集計(4〜7月に検証済みの脆弱性が12.9万件超)と桁が合う。Anthropic が Mythos Preview を一般に公開しなかった理由は、10月5日のニューヨーク市議会で Logan Graham が述べたのと同じで、攻撃コードを作れる能力である。英国でも、同じ説明が繰り返されたことになる。
そのうえで、OpenAI と Anthropic の両社が、英国の情報機関が危険だと示せば AI の配備を止めると約束したと、PA 系の配信などが伝えている。約束の相手は AISI や GCHQ の系列の機関と考えられるが、どの機関が、どんな手続きで「危険だ」と示すのかは、報道の範囲では詰められていない。それでも、議会の記録に残る形でラボが「止める」と言ったのは、英国では初めてとみられる。
約束と法律の間——Byrne の10の問いに答える仕組みはまだない
ここで、公聴会の前提に戻る必要がある。MLex によれば、4社の規制への姿勢は一枚岩ではなかった。法律で縛ることにどこまで応じるかで、Anthropic、Google、Meta、OpenAI の答えは分かれたと報じられている。「情報機関が示せば止める」は、4社が足並みをそろえた最小の約束であり、それ以上の法的な義務には温度差があったということである。
Liam Byrne 議員は、この公聴会に先立って、ラボに向けた10の問いを示していたと伝えられる。モデルが何をできるのか、事案が起きたとき誰にいつ知らせるのか、公開前に誰が試すのか、といった問いである。問題は、ラボがその問いに答えたとしても、答えを義務にする法律が英国にないことである。英国には EU の AI 法のような包括的な法律がなく、AISI が公開前の試験を再び行う話も、ホワイトハウスと各ラボの確認が取れていない。貴族院で審議中の Cyber Security and Resilience Bill は、重要インフラのサイバーの義務を扱うもので、フロンティアのモデルの配備を止める権限とは別の話である。
つまり、13日に起きたことを並べると、こうなる。元研究者は、企業が自分で決めているリスクの基準が高すぎると言った。企業は、政府の機関が危険だと示せば止めると言った。だが「示す」側の機関に、止めさせる法的な権限はまだない。約束は記録に残り、執行の仕組みは空白のままである。Adler の「上限を政府に決めてほしい」という求めは、まさにこの空白を指している。
3週間で3つの議会——同じ型が繰り返されている
この公聴会は、単発ではない。10月5日にはニューヨーク市議会で、10月6日には豪州の議会で、フロンティアのラボの幹部が公の場で証言した。豪州では OpenAI の Jason Kwon が Medicare のサイトへの侵入を謝罪し、通知が遅れたことを認めた。ニューヨークでは Anthropic の Graham が Mythos を出さなかった理由を宣誓のうえで述べた。英国は3つ目で、ここで初めて、元ラボの研究者が同じ日に反対側の席に座った。
3つの場に共通するのは、ラボが事案の開示の義務化には賛成し、配備を止める法的な権限には距離を置くという姿勢である。豪州では Kwon も Anthropic の Dave Orr も、事案報告の義務化を支持した。英国でも、両社は「情報機関が示せば止める」とは言ったが、止める権限を法律に書くことには、MLex の報道を読む限り、4社の答えが分かれた。
別の経路からは、Microsoft の Brad Smith が前日の12日に BBC で、ルールづくりを主導するのは英国が最適だと述べている。Smith は事案報告の義務化と、公開前の政府による独立した評価を求めた。モデルを最も多く配備する会社の社長が、ラボよりも一歩先の法制化を求めている構図は、この公聴会の後でも変わっていない。
残る問い
確かめられていないことが、いくつもある。第一に、証言の一次の記録である。報道は数本あるが、どの議員が何を問い、ラボの側が何を条件に「止める」と言ったのかは、議会の記録で確かめる必要がある。第二に、「危険だと示す」のがどの機関で、どんな基準なのか。AISI が公開前の試験に戻るかどうかと、直接つながる問いである。第三に、Byrne の10の問いにラボが文書で答えるのか、答えるなら公開されるのか。
Irving の「コイン投げ」が本人の推定なのか、議論の出発点なのかも、本人の説明を待つしかない。ただ、元 AISI の評価の責任者が議会でその言葉を使い、同じ日にラボが「止める」と約束したという事実は、報道の範囲でも十分に重い。約束を法律に変えるかどうかは、英国の議会の側の仕事になった。




