従来型デジタルデバイドの実態——高齢化率29.1%、70代の57.8%が未活用
日本は2007年に65歳以上人口が21%を超える「超高齢社会」に突入し、総務省統計では2021年時点でその割合は29.1%に達している。日本総研が引用する内閣府「情報通信機器の利活用に関する世論調査」(2020年度)によれば、スマートフォン・タブレットを「ほとんど利用していない」「利用していない」と回答した割合は60〜69歳で25.7%、70歳以上では57.8%に達し、世代間の情報格差が依然として大きいことを示している。
一方でジチタイワークスが紹介する総務省「令和5年通信利用動向調査」では、6歳以上のインターネット利用者割合は全体で86.2%に達しており、単純な利用率の平均値だけを見ると格差は縮小しているように映る。しかし平均値の裏には世代間・所得間の大きな偏りが隠れており、デジタルデバイドは「地域間」「個人間」「国際間」の3類型に分けて捉える必要があると同記事は指摘する。
生成AIが変える格差の構造——「若い世代にも広がる」新局面
この構図に変化をもたらしているのが生成AIの急速な普及だ。シニア講師によるスマホ教室を全国展開するNTTドコモのインタビューで、ドコモCS関西の森田裕真氏は「生成AIの急激な浸透などにより、実は、デジタルデバイドはシニア世代だけでなく若い世代にも広がっています」と証言している。従来はスマホ操作という基礎的なリテラシーが格差の焦点だったが、生成AIの登場によって「ツールを使えるか」だけでなく「AIを使いこなして成果を出せるか」という新たな軸が加わったことを意味する。
同社は「4STEP制講師育成メニュー」を通じてシニア世代自身が講師となり、同世代にデジタル知識を還元する仕組みを構築してきた。ステップ1で基本知識をインプットし、ステップ2でテスト、ステップ3でサブ講師としての実地経験、ステップ4で単独登壇という段階を踏むことで「人に教える自信と勇気が付いた」という声も出ている。だが、こうした対面型の丁寧な支援モデルは、生成AIのように変化速度が速い技術に対してどこまで追随できるかが今後の課題となる。
文科省が示す将来リスク——事務職437万人余剰と認知的オフロード
教育政策の観点からも危機感は表明されている。文部科学省が2026年8月31日付で公表した次期学習指導要領等に向けた審議まとめ(素案)では、「デジタル技術の進展を格差の拡大(デジタルデバイド)に繋げない視点も極めて重要」と明記された。同資料は自律的に目的を達成する「AIエージェント」や、ロボットをAIで制御する「フィジカルAI」の社会実装が急速に進む一方、生成AI・ロボットによる自動化の影響で2040年には事務職などで約437万人の余剰が生じ、専門的・技術的職業でAI・ロボット活用を担う人材が約339万人不足するという需給ミスマッチを予測している。
さらに同資料は、AIへの過度な依存による「認知的オフロード」が学習効果を低下させるリスクにも言及し、AIを使いこなす力を単なる操作技能ではなく、メディアリテラシーやクリティカル・シンキングと結びつけて育成する必要性を強調している。つまり若年層であっても、AIに考えることを丸投げする層と、AIを道具として使い倒す層との間に新たな分断が生まれつつあるという指摘だ。
自治体・企業の現場対応——訪問支援と講師育成の限界
現場レベルでは家電量販店による訪問サポートも広がっている。マツヤデンキ中村店の事例では「情報機器や最新家電の操作が複雑化するなか、デジタルデバイドに直面するシニア世代にとって、顔の見えるスタッフが自宅まで来てフォローしてくれる」形態が支持されているという。自治体側も総務省が「デジタル活用環境構築推進事業」として11.4億円の予算を計上し、携帯ショップや公民館でマイナポータルやe-Taxの使い方を教える説明会を実施してきた。東京都も令和3年度予算で「都民等のデジタルデバイド是正に関する取組」に3億円を計上し、区市町村やNPOと連携したモデル事業を進めている。
しかしこれらの施策の多くはスマホ操作という基礎リテラシーを対象にしており、生成AIの活用格差という新局面には制度設計が追いついていないのが実情だ。ジチタイワークスが挙げる渋谷区・加賀市の先進事例も、講習会形式からの脱却を模索する段階にとどまる。
所得・地域格差との複合——二極化する恩恵
野村総合研究所(NRI)が実施したシニア世代(50〜79歳)3,000人への調査では、「社会のデジタル化」に期待する層が6割弱いる一方、3割強は「期待していない」と回答した。同調査は世帯の貯蓄額が多いほどデジタル化への期待が強い傾向を明らかにしており、「デジタルを活用できる人は満足度を向上させる一方、活用できない人は恩恵から取り残される」二極化の懸念を指摘している。所得や地域といった従来型の格差要因が、AI活用力という新しい軸と重なり合うことで、格差はより複雑に固定化するリスクがある。
業界への影響と今後の焦点
デジタルデバイド対策は、もはや「高齢者にスマホの使い方を教える」という枠組みだけでは不十分になりつつある。企業にとっては、シニア人材だけでなく若手・中堅層も含めた「AI活用力」の底上げが競争力の分水嶺になる。自治体・教育機関には、文科省が示した認知的オフロードのリスクを踏まえ、AIに依存しすぎない思考力育成とAI活用スキルの両輪での教育設計が求められる。今後は、ドコモのようなシニア講師育成モデルを土台にしつつ、生成AI特有のリテラシー教育をどう組み込むかが、次の政策・企業戦略の焦点になるだろう。