診療報酬改定が後押しする「文書生成AI」の実装
2026年6月1日に施行された令和8年度診療報酬改定では、生成AIにより退院時要約・診断書・紹介状等の原案作成を自動的に行う文書作成補助システムを組織的に導入し、安全管理ガイドラインとAI事業者ガイドラインへの準拠、全ての医師事務作業補助者への研修などの要件を満たす場合、医師事務作業補助者1人を1.2人として配置人数に算入できる扱いが新設された。文書作成そのものに診療報酬点数がついたわけではなく、人員配置基準の柔軟化という形だが、これにより文書生成AIの組織導入が経営上のインセンティブを持つようになった点が大きい。AI tellerの分析によれば、これは医師の働き方改革(2024年4月施行の時間外労働規制)への具体策として位置づけられている。
恵寿総合病院:3つのRで実現した具体的な削減数値
石川県七尾市の恵寿総合病院(386床)は、生成AIによる退院・看護サマリー作成、AI画像診断、RPA約130台を組み合わせて導入した。日本医師会が2026年4月にまとめた答申によれば、サマリー文案は約1分で生成され、医師・看護師の確認を含めても約5分以内で完成する。結果として医師の月間残業時間は45時間から18.5時間に、看護師は月8.1時間から1.1時間へと大幅に減少し、RPAだけで年間約12,500時間の業務削減効果があったと報告されている。同院はこの成果がAI単独の導入によるものではなく、業務プロセスをゼロベースで再設計する「Redesign」、不要な業務を削減する「Reduction」、既存職員を内部育成する「Reskilling」という「3つのR」が相互作用した結果だと明記している。同院のデジタル化の起点は1994年のバーコード活用診療材料管理まで遡り、2017年導入のPHR(Personal Health Record)は令和6年能登半島地震の避難先でも患者が病名・処置内容・検査画像を確認でき、医療継続に寄与したという。
慶應義塾大学病院:画像診断AIの実利用は半数未満という現実
一方、慶應義塾大学病院の報告は、画像診断AIへの過度な期待に一石を投じる内容となっている。同院では病床管理のCommand Center、自動調剤ロボット、画像AI、生成AIを導入しているが、画像AIは煩雑な作業に限定して導入されており、実際の利用は半数未満にとどまるという。理由としてCTやMRIの読影がマルチタスクであること、偶発所見のため専門家の最終確認が必須であることが挙げられ、最も有効な活用領域は「画質改善」だとされている。数値面では、内服薬の自動調剤ロボットが詰め間違い率を0.4%から0.0025%に削減し、1.6人分の業務を代替、感染検体処理ロボットは3人分の作業量を自動化した。同院はAIよりもITを、専門性の高い業務よりも多くの診療科に共通する業務に応用することを医療DXの第一段階と位置づけている。
NEC×東北大学病院:文書作成時間を平均47%削減
NECが2023年に東北大学病院、橋本市民病院の医師10名の協力を得て実施した実証実験では、生成AIがカルテから医療文書の下書きを自動生成することで、新規作成時と比較して作成時間を平均47%削減できたと報告されている。NECの公開資料によれば、文章の表現や正確性についても医師から高い評価を受けたという。同社はこの知見を基に医療文書作成支援AIサービス「MegaOak AIメディカルアシスト」を開発し、自然言語での指示に基づき診療情報提供書や退院時サマリの下書きを自動生成する機能を提供している。さらに2024年10月から12月には東北大学病院の婦人科・子宮体がん患者を対象に、医療特化型LLMで電子カルテ情報から治験候補患者を抽出する実証も行われ、抽出精度の向上が確認された。日本の新薬開発ではドラッグラグ・ロスが課題となっており、治験患者リクルーティングの効率化は臨床試験の症例集積期間短縮に直結する取り組みとして注目される。
現場定着の壁:精神科への展開と組織横断の重要性
アルサーガパートナーズは慶應義塾大学病院と共同で退院サマリ作成支援AIを開発し、本格導入に至った実績を持つ。同社のブログによれば、厚生労働省医政局が2025年10月の中央社会保険医療協議会に提出した資料では、退院サマリの作成時間が1時間から20分に短縮(削減率66%)した国立大学病院の事例や、年間1人あたり63時間分の文書作成時間が削減された事例が報告されており、複数の病院規模・文書種別で33〜100%の削減効果が確認されている。同社は現在、都内医療機関で精神科を含む4診療科への展開を進めているが、精神科カルテは症状の変化や心理的関係性が叙述的・感覚的に記録される特性があり、情報構造化が難しいという新たな課題に直面している。執行役員の吉冨亨氏は、医療機関が導入に踏み切る最大の決め手は「安全性の確保」であり、情報システム部門だけでなく病院全体を横串で刺す組織的な取り組みが不可欠だと指摘する。