オーストラリアで、AIの学習と著作権をめぐる議論が山場に近づいている。報道によれば、豪州は、AIの学習に使われたくない作品を権利者のほうから届け出る「オプトアウト」方式を検討している。これに対し、作曲家と音楽出版社の権利を代表する国際音楽出版社連盟(ICMP)が強く反発したと、Music Business Worldwide と Digital Music News が伝えた。ICMP は根拠を2つ挙げている。豪州を代表する歌手 Kylie Minogue らの曲がすでにAIの学習データセットに入っていること。そして、ICMP が調べた62か国のほかに、商用の学習例外を設けた国が無いことである。本稿は報道をもとにしており、ICMP の調査や議会に出された資料そのものは確認できていない。
「投資しないぞ」という圧力だという批判
ICMP の John Phelan 事務局長の批判は、制度の中身よりも、議論がどう進められているかに向いている。
They're trying to strong-arm Australian policymakers into 'if you don't do this, we won't invest.'
訳: AI企業は豪州の政策担当者に「これをやらないなら投資しない」と迫っている。
Phelan の見方では、オプトアウト案は技術や法の理屈から出てきたものではない。AI企業が投資を交渉の材料にした結果だ、というのである。データセンターやAIの拠点を呼び込みたい国にとって、「規則が厳しければよそへ行く」という言い分は重く響く。ICMP はそこを名指しして、政策が投資の脅しで決まりかけていると訴えた形である。ただし、どのAI企業がどんな場でそう迫ったのかは、報道からは分からない。AI企業の側の言い分も、今回の報道では詳しく伝えられていない。
オプトアウトは、何をひっくり返すのか
今の著作権の考え方では、作品を使いたい側が先に許諾を取る(オプトイン)。オプトアウトはこれを逆にする。権利者が「使うな」と届け出ないかぎり、学習に使ってよいことになる。確かめて手続きをする負担が、AI企業から、無数にいる作り手の側へ移る。
ICMP が Kylie Minogue の曲を持ち出したのは、この仕組みの弱いところを突くためと読める。曲がすでにデータセットに入り、モデルの学習が済んでいるなら、あとから届け出ても、学習済みの重みから作品の影響は取り除けない。オプトアウトの制度ができた時点で、これまでの無断の学習を事実上追認することになりかねない、という主張である。豪州を代表する歌手の名前を出したことで、問題は抽象的な権利論ではなく、国の文化資産がすでに使われているという話になった。
疑いを持っているのは音楽業界だけではない。The Next Web によれば、公共放送の ABC(豪州放送協会)も、AIをめぐる議会の調査に対し、自社のコンテンツが収集された可能性が高いと述べた。
I do not think we have conclusive evidence that we have been scraped, but I expect that there is a likely possibility that we have been
訳: 収集されたという決定的な証拠は無いと思うが、収集された可能性は高いと見ている。
ABC の責任者が「決定的な証拠は無い」と断っている点が大事だ。自分の作品が学習に使われたかを、権利者は外から確かめにくい。オプトアウトの制度は、作り手が自分の作品の使われ方を把握していることを前提にしている。しかし、大きな報道機関でさえ確かめられていないのが実情である。
62か国のうち、ほかに例が無いという主張
ICMP のもう1つの根拠は、各国との比較である。
There isn't a single country among the other 61 [that] has introduced a new text and data mining exception for commercial purposes or reduced the idea of exclusive rights and copyright
訳: 残りの61か国のうち、商用目的の新しいテキスト・データマイニング例外を設けた国も、排他的権利や著作権の考え方を弱めた国も、一つも無い。
この発言は、ICMP が調べた62か国のうち、豪州を除く61か国のことを言っていると読める。そうだとすれば、豪州が商用の学習にオプトアウト型の例外を設けた場合、ICMP が調べた範囲では最初の国になる。AI企業の「規則が厳しい国には投資しない」という言い分に対して、ICMP は「ほかの国もそんな例外は設けていない」と返したことになる。どこかの国が投資を呼ぶために著作権を緩める競争は、まだ起きていない、という反論である。
ただし、注意すべき点がある。この比較は ICMP 自身の調査で、どの国を選び、何を「例外」と数えたかは、報道からは確かめられない。日本の著作権法第30条の4やシンガポールの計算解析の例外など、AIの学習を広く認めると言われる制度をどう扱ったかも分からない。62か国という数字は、権利者の団体が自分たちの主張を裏付けるために示したものとして読む必要がある。
政府は、自分の言葉と投資のあいだで板挟みになっている
この議論で豪州政府が苦しいのは、首相自身がすでに強い言葉を使っているからである。Albanese 首相は2026年7月にこう述べていた。
No company should use Australian books, music, art or news to build or train AI without the artist's control...Anything less, is theft.
訳: どの企業も、作り手のコントロールなしに豪州の本・音楽・美術・ニュースを使ってAIを作ったり学習させたりしてはならない。それ以下のものは窃盗だ。
作り手のコントロールなしの学習は「窃盗」だという立場と、権利者が届け出ないかぎり学習を認めるオプトアウトとは、そのままでは両立しにくい。オプトアウトを採れば、首相の7月の言葉と食い違うと批判される。採らなければ、AI企業の投資が他国へ流れると言われる。ICMP の批判は、この板挟みをはっきり見せた。ICMP の言い分を受け入れるなら、政府は投資を呼ぶ道具として著作権を使えなくなる。
構図をまとめると、こうなる。AI企業は投資を交渉の材料にする。政府はAIの拠点を呼び込みたい。そのために、権利者に届け出の負担を負わせるオプトアウトが出てくる。これに対して権利者は「学習はもう済んでいる」「他国に前例が無い」と反論する。オプトアウトが後追いの追認にすぎないことと、投資の脅しには国際的な裏付けが無いことの2点で、政府の言い分の土台を崩そうとしているのである。
11月30日の報告で何を見るか
報道によれば、議会の委員会は11月30日に報告を出す予定である。主に見るべき点は3つある。
1つ目は、オプトアウトを勧めるかどうか。勧めるなら、届け出の仕組み、すでに学習したモデルの扱い、届け出を守っているかの確かめ方まで書くかが問われる。2つ目は、学習データの透明性の義務に触れるかどうか。ABC の証言が示すとおり、作り手は自分の作品が使われたかを確かめられない。どのデータで学習したかを開示させなければ、オプトインでもオプトアウトでも、権利は紙の上のものにとどまる。3つ目は、AI企業の投資の約束が、報告の中で具体的な数字として出てくるかどうか。「投資しない」という圧力が本当にあったのなら、報告は、それをどれだけ重く見たかを示すことになる。
豪州の判断は豪州だけの話にとどまらない。ICMP の言うとおり前例が無いのなら、豪州は商用の学習に例外を設ける最初の国になるかもしれない。逆に、オプトアウトを退けて許諾と透明性を求めれば、AI企業の「投資しない」という言い分がどこまで本気かが、初めて試されることになる。




