生成AIの社会実装が進む中、「AI活用格差」は単純な若者対高齢者の対立軸では説明できない複合的な現象であることが、複数の調査・報告から浮かび上がっている。内閣府が2020年度に実施した「情報通信機器の利活用に関する世論調査」では、スマートフォン・タブレットを「ほとんど利用していない」「利用していない」と回答した人の割合は60〜69歳で25.7%、70歳以上では57.8%に達した。日本総研はこの数字を根拠に、2007年に65歳以上人口が21%を超え「超高齢社会」入りした日本において、年齢による情報格差が長年の政策課題であり続けていると分析する。総務省が2013年頃から掲げてきた「デジタル活用支援」政策も、この構造的な格差の解消を目標としてきた経緯があり、一朝一夕には解決しない根深い課題であることを裏付けている。
「世代」で語れないAI格差の実態
日本財団の調査に応じた社会学者・高橋利枝氏は、AI利用の受容度に年齢差はほとんど見られなかったとした上で、単純な世代区分ではなく「デジタルネイティブ」「デジタル異邦人」「デジタル定住者」「デジタル移民」という4分類でAI利用を捉えるべきだと主張する。日本財団ジャーナルによれば、社会・経済的格差により情報機器に触れずに育った若年層(デジタル異邦人)も存在し、逆に大人でも学ぶ意欲があれば「デジタル実践者」になれるという。興味深いのは大人と若者のプライバシー意識の違いで、若者は匿名性が保たれれば自分の情報を医療AI発展のために積極提供したいと考える一方、大人は無料サービスの仕組み自体を理解していないケースがあるという指摘もある。高橋氏はこの構図を「年齢による分断ではなく、育った環境と学習機会の分断」と表現しており、AIリテラシー教育の設計を年齢別ではなく利用歴・意欲別に組み替える必要性を示唆している。
高齢者を狙うAI悪用犯罪という新たなリスク
デジタルデバイドは利便性の喪失だけでなく、犯罪被害という形でも顕在化している。みまもるモの報告では、2023年時点で70歳代の約61%がスマートフォンを、約80%がモバイル端末を所有するようになった一方、AIで生成した画像・動画・文章を使った「なりすまし投資詐欺」の被害は中高年層に集中し、警察庁によれば高齢者が1億円以上をだまし取られる事例が相次いでいる。SNSや情報モラル教育に日常的に触れる若年層と異なり、ネットの危険性への理解が不十分な中高年層が標的にされやすい構図があり、リテラシー不足がそのまま経済被害に直結する点が、単なる利便性格差にとどまらない深刻さを示している。端末を「持っているが正しく使えない」という中間層の存在こそが、詐欺グループにとって最も狙いやすい層になっているという分析もあり、所有率の向上だけでは安全性が担保されない現実が浮き彫りになっている。
教育現場が組み込む「AI依存」への警戒
2026年8月31日付で公表された文部科学省の次期学習指導要領審議まとめ素案は、AIの活用を「情報活用能力」の一部として位置づけつつ、AIへの過度な依存や学習過程の省略(認知的オフロード)が学習効果を低下させるリスクを明記した。同素案は生成AI・ロボットの普及で事務職など約437万人の人材余剰が生じる一方、AI・ロボット活用を担う専門人材が約339万人不足するミスマッチにも触れており、学校教育の段階からAIを「使いこなす力」と「批判的に判断する力」の両輪で育てる方針を打ち出している。デジタル技術の進展を格差拡大に繋げない視点を「極めて重要」と明記した点は、教育行政がデジタルデバイドを次世代の競争力問題として捉え始めた証左といえる。この約776万人規模の需給ミスマッチは、単なる雇用政策の問題にとどまらず、学校教育の初期段階からAIリテラシーを組み込まなければ将来の産業構造転換に対応できない人材が大量に生まれるという危機感の表れでもある。
企業経営のマテリアリティ化するデジタルデバイド
デジタルデバイド対応は、もはや社会貢献活動の枠を超え、企業の経営戦略そのものに組み込まれ始めている。2026年8月31日付でALPS ALPINEが公表した統合報告書2026は、「AI・デジタル技術の進展に伴う情報・教育・経済機会格差の拡大(デジタルデバイド)」を、人口構造変化による雇用・労働力需給の不均衡と並ぶ重要な社会課題(マテリアリティ)と明記した。同社は日本経済新聞掲載のIR資料の中で、「テクノロジーの進化は利便性をもたらす一方で、使いこなせる人とそうでない人との間に新たな格差を生みかねない」とし、介護分野でのマルチモーダルセンシング技術を通じて、世代間ITリテラシー格差の拡大に備える姿勢を示している。2025年度の売上高1兆194億円、営業利益420億円という財務基盤を背景に、格差解消を「事業活動の起点」に据える動きは、他業種にも波及する可能性がある。製造業出身のALPS ALPINEがデジタルデバイドをマテリアリティに掲げたことは、非IT企業にとっても看過できない先例となり、今後は自動車・金融・小売など幅広い業種の統合報告書で同種の記載が増えることが予想される。
自治体・通信事業者の現場対応
政策面では、総務省が令和2年度第3次補正予算で「デジタル活用環境構築推進事業」に11.4億円を計上し、携帯ショップや公民館でマイナポータルやe-Taxの使い方説明会を実施してきた。東京都も令和3年度予算で「デジタルデバイド是正」に3億円を計上し、区市町村やNPOと連携したモデル事業を進める。渋谷区や加賀市は講習会形式にとどまらない先進的な取り組みを展開しているとNRIは評価する。NRI社会情報システムが50〜79歳の3,000人を対象に実施した調査では、社会のデジタル化に「期待する」シニアが6割弱に上る一方、貯蓄額が多いほど期待が強い傾向も判明し、経済力そのものが情報格差を増幅させる可能性を示唆している。NRI JOURNALは、デジタル化が進む国ほどシニアと若年層のスマホ保有率格差が小さい傾向を挙げ、シニア世代の取り込みこそが国全体のデジタル競争力を左右すると結論づけている。自治体単位の予算規模は数億円程度にとどまり、全国的な普及にはさらなる財源確保と、企業側のマテリアリティ対応との連携が今後の焦点になるとみられる。