総務省は人手不足に悩む地方自治体の業務効率化に向け、AIの本格導入を後押しする方針を固めた。2026年7月9日に「地方自治体におけるAIトランスフォーメーションに関する研究会」の初会合を開催し、静岡県浜松市の住民基本台帳への記録業務、兵庫県神戸市の生活保護新規認定業務をモデル事業の対象に選定した。総務省の発表によれば、窓口業務や行政手続きを本人確認・入力・審査といった作業単位に分解し、どの工程をAIが代替可能かを検証している。あらかじめ手順を定めたワークフロー型だけでなく、自ら手順を決定する自律型AIエージェントの活用も視野に入れる点が特徴で、いわゆるVertical AI agentsに近い発想を行政分野に適用する試みといえる。
今年度中に導入手順とリスク管理を示す自治体向けガイドラインを策定し、2027年度から複数自治体での本格運用を後押しする計画だ。全国展開を加速するため、来年度予算の概算要求にはシステム導入経費の助成が盛り込まれる方針で、財政力に乏しい小規模自治体でも恩恵を受けられる環境整備を目指す。人口減少により2040年には全国の自治体職員が現在より大幅に減少すると試算される中、総務省は限られた人員で行政サービス水準を維持する手段としてAI活用を位置づけている。
「書かない窓口」から生成AIまで広がる先行事例
窓口DXの先駆けとされる北海道北見市は2016年に「窓口支援システム」を本格導入し、住民が申請書に記入せず本人確認だけで手続きが完結する仕組みを構築した。この方式はJAPAN AIラボの解説記事によれば2025年度までに全国75自治体に採用され、北見市には著作権利用料として年間約2000万円の歳入が生まれている。同市の取り組みは2009年から続く地道な業務改善の積み重ねが土台にあり、単なるシステム導入ではなく組織全体の業務プロセス改革として10年以上かけて定着させてきた点が全国展開の背景にある。
生成AI活用でも成果が出ている。福岡市はアンドドット株式会社とQTnetが共同開発した生成AI「QT-GenAI」を約50人の職員に実証導入し、2024年2月の中間アンケートで作業時間が平均33.75%削減、業務成果・品質向上は平均36.56%という結果を得た。青森県庁も「AIデジタルスタッフ」の導入により、従来のQ&Aシナリオ作成の工数をゼロ化しつつコストを7割強削減したとDXマガジンの報道は伝えている。これらの事例は、庁内の問い合わせ対応という定型業務からAI導入を始め、段階的に対象範囲を拡大するという共通のパターンを示している。
電話対応のAI化が加速——高松市と首都圏自治体
デジタル化が進む一方で取り残されがちだったのが電話対応だ。香川県高松市の市民課には通常時でも1日100件、3月後半から4月の繁忙期には問い合わせが急増し、職員本来の業務が滞る課題があった。同市はグラファー社の『Graffer AIオペレーター』の実証事業を実施し、AIと人によるハイブリッド運用で正確な電話対応を目指している。自治体通信の取材に対し、同社の瀧本俊幸氏は「電子申請などで行政DXが進む一方、電話対応のデジタル化は遅れており、職員の負担増や住民サービス低下を招いている」と指摘する。導入には国の「地域未来交付金」が活用できるという。
首都圏でも同様の動きが広がる。日本経済新聞によれば、東京都大田区や品川区は住民からの電話応対にAIを導入し、人手不足下での業務軽減を図っている。窓口・電話・庁内文書という三つの接点で並行してAI導入が進む構図は、自治体DXが単発の実証から恒常的な業務基盤へと移行しつつあることを示している。
正答率94.1%の壁——三豊市の教訓
導入が順調な事例ばかりではない。香川県三豊市はChatGPTを用いた市民向け「ゴミ出し案内」サービスの実証実験を行ったが、本格導入の条件とされた正答率99%に対し、結果は94.1%にとどまり本格導入は見送られた。行政サービスは誤答が住民の不利益に直結しかねず、民間サービスより高い精度基準が求められる典型例といえる。JAPAN AIラボは、DX成功の鍵は技術導入自体でなく「業務プロセス改革(BPR)の徹底」にあると指摘し、北見市の成功も長年の地道な業務改善の積み重ねが土台になったと説明する。自律型AIエージェントの導入を検討する総務省の研究会にとっても、誤答リスクの管理や責任あるAIの観点からのガバナンス設計は避けて通れない論点になるとみられる。
LGWAN対応サービスの拡充と今後の焦点
民間側の動きも活発化している。JAPAN AI株式会社(東京都新宿区、代表取締役社長・工藤智昭氏)は、庁内文書検索や議事録作成、問い合わせ対応を一つの基盤で扱える「JAPAN AI 行政」の提供を開始した。同社の発表によれば、LGWAN接続環境への対応と国内データセンターでの全データ保存、入力データを学習させない設計が特徴で、先着自治体を対象に3カ月の無料トライアルも実施する。今後は窓口対応や住民サービス、技術職員の業務効率化にも対応範囲を広げる計画だ。総務省の研究会発足を背景に、こうした自治体特化型サービスの参入が相次いでおり、2027年度の本格運用開始に向け、ガイドライン策定と予算措置の具体化が今後の焦点となる。

