5つの部門規章が積み上がる中国のAI規制体系
中国では全国人民代表大会による「人工智能法」がなお起草段階にある一方、国務院傘下の各省庁が発布する部門規章が先行して生成AIを規律してきた。中心となるのは2022年3月1日施行の「互联网信息服务算法推荐管理规定」(アルゴリズムレコメンド管理規定)、2023年1月10日施行の「互联网信息服务深度合成管理规定」(ディープフェイク管理規定)、そして2023年8月15日施行の「生成式人工智能服务管理暂行办法」(生成AI管理暫行弁法)の3本柱である。中国ビジネスCOMPASSによれば、これらはいずれもCAC(国家インターネット情報弁公室)を筆頭にMIIT・公安部・SAMR等が連名で発布した「部門規章」であり、法律より一段低い位階に位置づけられる。
この体系はその後も拡張を続けている。2025年9月1日には「人工智能生成合成内容标识办法」(AI生成合成コンテンツ標識弁法)が施行され、強制国家標準GB 45438-2025も同日施行された。さらに2026年7月15日には未成年者保護等を念頭に置いた「人工智能拟人化互动服务管理暂行办法」(AI擬人化インタラクションサービス管理暫行弁法)の施行が予定されており、規制の対象範囲はチャットボットの擬人化対話にまで拡大しつつある。
剪映など3サービスへの初の公的処分
この標識義務が「絵に描いた餅」ではないことを示したのが、2026年4月に明らかになった処分事例である。BigGoファイナンスの報道によれば、網信弁は動画編集アプリ「剪映」、「猫箱」、AI生成ウェブサイト「即夢AI」に対し、ネットワーク安全法・生成式人工智能服务管理暂行办法・人工智能生成合成内容识别办法への違反を理由に、指導・改善命令・警告・責任者への厳重処分といった措置を講じた。網信弁の責任者は、プラットフォームは規模やユーザー数に関わらず「公衆が混同あるいは誤認する可能性がある」AI生成箇所に目立つ表示を付与する義務を厳格に履行すべきだと明言している。
この処分は、2023年8月施行の生成AI弁法が定めた表示義務が「方針の提示」段階から「厳格な執行」段階に移行したことを象徴する出来事とされる。経済紙『第一財経』の論評は、これを仮想世界の「人工物」に「生産ラベル」を貼る行為になぞらえ、情報秩序と利用者の知る権利を保障する重要な一歩と評価している。
届出制度の実務:10営業日ルールと備案868件
PwC Japanの分析によれば、対象事業者はサービス提供日から10営業日以内にCACのウェブサイトを通じて届出を行う必要があり、アルゴリズム変更時も10営業日以内、サービス終了時は20営業日以内に手続きを行う義務がある。届出情報は組織情報や製品・サービスにおけるアルゴリズム情報を含み、CACが一般公開しているため誰でも確認可能だ。
自社でモデルを開発する場合は国家網信弁への「生成AIモデル備案」が、既存モデルをAPI接続等で組み込む場合は地方網信弁への「生成AI組み込み登記」が必要となる。中国ビジネスCOMPASSによれば、このモデル備案は2026年4月末時点で累計868件に達している。過去の推移を見ると、AINOWが報じたロイター通信の情報では、2023年8月の弁法施行以降、2024年1月までにバイドゥ・アリババ・バイトダンス・シャオミなど40以上のAIモデルが政府承認を受けており、その後2年余りで承認・届出件数が20倍以上に膨らんだ計算になる。
罰則リスクと拡大するAIガバナンス市場
DOORS DXの解説では、生成AI管理暫定弁法は事業者に「適法なデータと基本モデルの使用」「他者の知的財産権への非侵害」を義務付けており、違反時にはサイバーセキュリティ法・データセキュリティ法・個人情報保護法に基づく行政処分に加え、状況によっては治安管理上の責任や刑事責任まで追及される点が特徴的だ。単なる課徴金にとどまらない点で、EUのGDPR型制裁とは性格が異なる。
こうした規制強化は市場にも波及している。GMI Insightsの推計では、中国のAIガバナンス市場は2025年時点で約6,580万米ドル、2026〜2029年の年平均成長率は約37%に達する見込みで、アジア太平洋地域全体(成長率34%)を上回る。この成長は生成AI管理暫行弁法に加え、2025年に策定された「AI安全ガバナンス・フレームワークV2.0」が消費者向けアプリだけでなくAI開発パイプラインや企業導入にも義務を拡大したことが背景にあるとされる。



