米国データが示す「初級職の断層」
ゴールドマン・サックスのエコノミスト、エルシー・ペン氏は報告書で、AIが過去1年間の米国雇用市場に明確な負の影響を与えていると指摘した。同報告書は、月間雇用増の鈍化がホワイトカラー職種に集中していると分析する。
バンク・オブ・アメリカの最新分析はより精緻だ。ニューヨーク連銀と米労働統計局のデータによれば、22〜27歳の若年大卒者の失業率は2019年水準を上回り、2023年の底値から反発した後も改善が鈍い。同行は資料整理や予備分析、基礎文書作成といった標準化・分解可能な初級タスクこそAIが真っ先に代替する領域だとし、若者が最初のホワイトカラー職を得るハードルが「システム的に引き上げられている」と結論づけた。スタンフォード大学が2025年11月に発表した研究も、AIエクスポージャーが最も高い職業で22〜25歳の雇用者数が2022年以降13%減少したと示す。同行の分析では情報産業のAI利用率が42.1%と最高で労働需要が1.9%減少、金融・保険業も利用率34.8%で1.1%減少と、高利用率・需要減の組み合わせが確認された一方、専門・科学・技術サービス業は利用率37.7%でも需要が1.2%増加するなど、業種による分化が単純な直線関係ではないことも示された。
テキサス州の実例——新卒失業率が異常水準に
米ダラス連邦準備銀行の調査は、この構造圧迫をより具体的に描き出す。研究員サミュエル・ドディニ氏とタッカー・スミス氏の報告書によれば、2022年のChatGPT登場以降、テキサス州ではAI高暴露職種の求人が持続的に縮小し、2025年第1四半期には低暴露職種を約8%下回った。同調査は、AI高暴露職種がソフトウェア開発、ウェブデザイン、管理・事務・編集など、大卒者が伝統的にキャリアを始める入り口に集中していると指摘する。
テキサス州は全米最大のデータセンター建設容量を誇るが、恩恵は電力技師や建設作業員などブルーカラー層に偏り、ソフトウェアエンジニアやデータアナリストの求人増加には結びついていない。国際労働機関のデータでは北米の若年失業率が2023年の8.3%から2025年には9.8%へ上昇、世界全体でも12.4%に達しており、AIによる若年ホワイトカラー圧迫は国境を越えた現象になりつつある。ペンシルベニア大学アネンバーグ公共政策センターの2025年7月調査では、米成人の61%が居住地近郊のデータセンター建設に反対しており、AIインフラ投資への社会的反発も強まっている。
テックリーダーの本音転換
この構造変化は、AI開発企業のトップの発言にも表れ始めている。OpenAIのサム・アルトマンCEOは当初、AIが新卒や若手を中心とするホワイトカラー職により大きな影響を与えると考えていたが、実際の進行はその予想とは異なる形で現れているとし、意見の修正を示唆した。テック業界のリーダーたちが雇用への影響について発言を変化させている事実自体が、初期の楽観論では説明しきれない現実が積み上がっていることを裏付けている。
日本のメンバーシップ型雇用という防波堤
一方、日本の状況は米国とは対照的だ。第一生命経済研究所の分析によれば、OECDが2025年に実施した調査で「AIによって一部のスキルの価値が下がった」と同意する割合は、金融・保険サービスでも製造業でも日本は他のOECD加盟国平均より明らかに低い。逆に「AIは自分のスキルを補完する」との回答は高水準にある。同研究所は、日本の解雇規制の厳しさと「人に仕事がつく」メンバーシップ型雇用が、AIの衝撃から労働者を守る防波堤として機能していると分析する。担当タスクがAIに代替されても配置転換で対応されるため、社員としての地位そのものは脅かされない構造だ。
東洋経済の報道も、AIの進展で欧米では若年ホワイトカラーの雇用悪化が顕著な一方、日本は新卒採用の「売り手市場」を維持している対照的な構図を指摘する。真っ先に影響を受けるのは新卒層ではなく別の層になるとの見立てだ。
防波堤の代償——生産性ギャップという副作用
しかし、この安心感には代償が伴う。日本総合研究所の村瀬拓人氏によれば、OECDのG7試算では、AI技術がインターネット並みの速度で普及した場合の今後10年間の生産性押し上げ効果は、日本が年率0.51%にとどまり、米国の0.99%の半分程度に過ぎない。村瀬氏の分析は、日本企業のAI活用が「人手不足の穴埋め」を目的とした自動化にとどまりがちで、新商品開発や新規市場開拓など需要創出につながる活用が後回しにされている点を課題として挙げる。IMFのシミュレーションでも、米国は10年後にGDPが約5.6%増と突出する一方、日本は受入体制のスコアは高くても効果が限定的とされ、「AIをフル活用して独走する米国」と「導入は進むが生産性向上が緩やかな日本」という新たな格差が生まれるリスクが指摘されている。雇用を守る仕組みが結果として抜本的な業務改革を先送りさせ、労働生産性の伸び悩みという別の形の代償を生んでいる構図が浮かび上がる。