生成AIをめぐる著作権紛争は、「AIが作った作品に著作者性は認められるか」という段階から、「AIの学習データ収集や検索連動型の出力が既存著作物の侵害にあたるか」という、より実務的な争点へと重心を移しつつある。米国では同種訴訟が乱立し判断が割れ、日本では確定判例がないまま新聞社の提訴や刑事摘発が先行、中国では声の権利にまで司法判断が広がるなど、地域ごとに異なる形で実務が判例を先取りしている。
米国、学習データのフェアユース判断が事案ごとに分岐
米国では生成AI関連の著作権訴訟が少なくとも十数件係属しており、弁理士・栗原潔氏の整理によれば、判例法として確定はしていないものの傾向は見えてきている。法律データベース大手Thomson Reutersが競合Ross Intelligenceを訴えた訴訟では、Bibas判事が2,243項目の裁判要点(headnotes)について著作権侵害を認定し、Rossのフェアユース主張を退けた。判決は原著作物の潜在市場を「法律AI訓練データ」とみなし、Rossが市場代替品を作ろうとしていた点を重視したもので、北美智権報の分析はこれをGenAI開発者のフェアユース主張に影響しうる先例と位置づけている。一方、作家陣がMeta社のLlamaを訴えたKadrey対Meta訴訟では訓練自体はフェアユースと認定され、両判決は「市場の希釈化」の立証有無で結論が分かれた形だ。このほかNew York Times対Microsoft・OpenAI、Getty Images対Stability AI・Midjourney、UMG Recordings対Udio・Suno、Concord Music対Anthropic、Reddit対Anthropicなど同種訴訟が審理継続中で、ニューヨーク州南部地区連邦地裁ではOpenAI・Microsoftを被告とする12件がMDL(多地区訴訟手続)として一元処理されている。
日本、判例不在のまま新聞社提訴と全国初の刑事摘発が先行
日本では2025年8月26日、朝日新聞社と日本経済新聞社が米Perplexity AIを共同提訴した。朝日新聞の報道によれば、クローラーによる記事の無断収集・要約に加え、日経は有料会員限定のペイウォール内記事も無断取得の対象になったと主張、朝日はLINEヤフー提供記事の無断複製や虚偽の引用表示についても不正競争防止法違反にあたると訴えている。文化庁著作権課の担当者は「国内では判例のない唯一無二の訴訟」として注視すると述べた。刑事分野でも実務が先行している。千葉県警は2025年11月20日、画像生成AI「Stable Diffusion」で作成された画像を無断複製したとして神奈川県大和市の27歳男性を著作権法違反(複製権侵害)容疑で書類送検する方針を固めた。読売新聞の報道によれば、AI生成画像の著作権を認めて摘発するのは全国初とみられ、原作者はプロンプトを2万回以上入力していたという。県警は文化庁の「AIと著作権に関する考え方」に沿い、プロンプトの分量・内容や試行回数、生成物確認と修正の反復などを総合考慮して著作物性を認定した。
中国、AI生成音声の人格権侵害を認定 ― 声の権利にも司法判断
中国では著作物性そのものに関する司法判断も進んでいる。北京インターネット法院は2023年11月、生成AIで作った画像の著作物性を認める判決を出し、「原告はプロンプトの選択で相当の知的労力を費やした」と評価した。さらに同法院は2023年、配音演員(声優)の殷氏がAI企業などを訴えた「全国初のAI生成音声侵害事件」で判決を下し、中国裁判文書網に公開された判決文によれば、録音制作会社が声優の音声データを1時間300元・編集費100元の対価で第三者ソフト企業に提供し、そこから生成された合成音声(テキスト読み上げ製品)が別プラットフォームで販売されていた事案で、声優本人の同意なきAI化利用について人格権侵害を認めた。同判決は2025年8月に公開され、声の権利がAI利用契約の射程外にまで及ぶことを示す事例として注目されている。
専門家が指摘する法的リスクとガバナンスの課題
AIと著作権に詳しい福井健策弁護士(第二東京弁護士会)は読売新聞の取材に「プロンプトで具体的な指定を十分にしていれば著作物になり得る」とし、「人が結果を具体的に予測して指示を出しているかどうかが重要だ」と指摘する。あいまいな指示では生成物が多様になり予測不能性が高まる一方、詳細な指示ほど作者の創意が反映されるという整理だ。明治大学の今村哲也教授(知的財産法)は朝日新聞の取材に対し、生成AIによる機械学習を原則として認める日本の著作権法30条の4の下では知的財産保護が十分でない部分が生じており、報道機関の労苦にAI企業が「ただ乗り」している現状があると述べた。日本新聞協会も生成AI企業に記事利用の許諾取得を求める声明を繰り返し発表している。
今後の展望
米中で判断が割れ、日本では判例が形成されないまま提訴と摘発が実務を動かす状況は当面続く見通しだ。米国ではSDNYのMDL審理やKadrey対Meta訴訟の2026年2月審理再開が今後の判断枠組みに影響し、日本では朝日・日経対Perplexity訴訟の帰趨が国内初の司法判断として注視される。企業がAI学習データの出所や生成過程の記録を怠れば、著作権侵害だけでなく人格権や不正競争防止法違反まで問われうる時代に入っている。




