「8割が未経験」——見えにくくなった新たな格差
コンビニのキャッシュレス決済が当たり前になり、高齢者もスマートフォンを手にするようになったことで、長らく議論されてきたデジタルデバイドは「一段落した」と見られがちだった。しかしForbes Japanが報じた全国調査によれば、日本人の約8割が生成AIを含むAIを未経験であることが判明した。スマートフォンという「箱」の普及は進んだものの、その中身であるAIサービスを実際に使いこなせているかという点では、依然として大きな断絶が存在する。デジタルデバイドの焦点は、この数年で「機器を持っているか」から「AIを使いこなせるか」へと明確に移行しつつある。
この構造転換が厄介なのは、外形的には「解消された」ように見える点にある。スマホの画面には触れていても、その先にある生成AIチャットボットや音声アシスタント、業務効率化ツールを使いこなす層と、検索やSNS閲覧に留まる層との間には、可視化されにくい実力差が積み上がっている。
高齢者のスマホ格差からAI格差への地続き構造
日本総研の分析によると、内閣府が実施した「情報通信機器の利活用に関する世論調査」では、スマートフォン・タブレットを「ほとんど利用していない」「利用していない」と回答した人の割合は60〜69歳で25.7%、70歳以上では57.8%に達していた。総務省はこの問題に対応するため「デジタル活用環境構築推進事業」として11.4億円の予算を計上し、携帯ショップや公民館でマイナポータルやe-Taxの使い方説明会を実施してきた。東京都も「都民等のデジタルデバイド是正に関する取組」として3億円を投じ、区市町村やNPOと連携したモデル事業を展開している。
こうした施策により機器の保有・基本操作という第一段階の格差は縮小しつつあるが、AI活用という第二段階の格差はまだ緒に就いたばかりだ。渋谷区や加賀市など一部自治体は講習会形式から一歩進んだ先進的な取り組みを試みているが、全国規模でのAIリテラシー支援はまだ手薄な状態にある。
現場の対応——静岡「くれば」の対面教え合いと生成AIへの警鐘
実際の支援現場では何が起きているのか。静岡新聞の報道によれば、静岡市中心部にある高齢者の居場所「くれば」では、「デジタル商品券の申し込み方法が分からない」といった相談が絶えず、対面で教え合う形式のITスキル講座が定期的に開かれている。同時に現場からは、生成AIの回答をあたかも「心の友」のように無条件で信頼してしまう高齢者への懸念も指摘されている。孤独や判断力の低下を背景に、AIの助言をそのまま受け入れてしまうリスクは、単なる操作スキルの問題を超えた深刻さを持つ。
対面での教え合いという原始的とも思える手法が、AI時代のデジタルデバイド解消策として改めて評価されている点は示唆的だ。オンライン講座だけでは届かない層に対しては、地域コミュニティを介した支援が不可欠であることを物語っている。
若者側の格差——リコー・育て上げネットのAI仕事体験
デジタルデバイドは高齢者だけの問題ではない。リコーグループとNPO法人育て上げネットが2024年11月から実施する「若者向けデジタル支援プログラム-AIでお仕事体験編-」は、PCに触れる機会が少なかった若者を対象に、生成AIとデザイン制作ツールの使い方講座やAIを活用した仕事体験を提供している。4回目となる今回は東京・宮城・和歌山・福岡で展開され、株式会社サンドラッグや林建設が実際の業務としてポスター制作などを委託し、より実践的な体験を用意した。就労困難を抱える若者にとって、AI活用スキルの有無が就職活動の成否を左右しかねない状況が浮かび上がる。
教育現場の対応——次期学習指導要領が描く危機感
文部科学省の次期学習指導要領等に向けた審議まとめ素案は、AI活用が「認知的オフロード」による学習効果低下を招くリスクを明記しつつ、デジタル技術の進展を格差拡大(デジタルデバイド)に繋げない視点の重要性を強調している。同素案は、少子化により2040年には生産年齢人口が約1,100万人不足すると同時に、生成AI・ロボットの普及で事務職などに約437万人の余剰が生じる一方、AI・ロボットを活用する専門技術人材が約339万人不足するという需給ミスマッチを予測する。AIを「使いこなす力」を単なる操作技能ではなく教科横断的な資質として育成する方針は、将来世代の格差を教育段階から食い止めようとする狙いがある。
企業・自治体に求められる二層構えの支援
ソフトバンクは手話認識AI「SureTalk」やスマホ教室を通じて情報格差解消に取り組み、NECもアイシンと共同開発したデジタルヒューマン「NEC Personal Consultant」でデジタルに不慣れな利用者向けの対話インターフェースを提供するなど、企業側の対応も進む。しかし、これらの取り組みはあくまで個別企業の事業活動の延長にあり、社会全体のAI活用格差を埋めるには、高齢者向けの対面支援と若者・企業向けの実践的AI教育を同時並行で進める「二層構え」の政策設計が求められている。