大統領令14179号、州法の無効化を狙う
2025年12月11日、ドナルド・トランプ大統領は「AIの国家的政策枠組みを確保するための大統領令」(大統領令第14179号)に署名した。連邦議会が州のAI法を制限する法律の可決に2度失敗した直後の動きで、MIT Technology Reviewによれば、司法省に「AI訴訟タスクフォース」を新設し、連邦方針と矛盾する州法を提訴する仕組みを整えた。加えて商務長官には、過度な負担を課す州への連邦ブロードバンド資金停止を指示している。
東京財団の分析では、この命令がAI開発者の法的責任やアルゴリズムの透明性に関する州独自規制を「国家利益への障害」とみなし、事実上無効化を狙う内容だと指摘する。コーネル・ロー・スクールのジェームズ・グリンメルマン教授は、標的になるのは主に民主党州の透明性・バイアス関連条項だと分析している。地経学研究所の解説では、連邦議会での法制化が2度頓挫した背景に、州ごとの規制の温度差と業界ロビイングの対立があったとされ、行政命令という手段はいわば「議会の代替」として選ばれた側面が強いという。
州側の反撃、ニューヨークとカリフォルニア
大統領令署名の8日後、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は2025年12月19日に責任あるAI安全・教育法(RAISE法)へ署名した。AI企業に安全開発プロトコルの公開と重大インシデントの報告を義務付ける内容で、カリフォルニア州が2026年1月1日に施行した全米初のフロンティアAI安全法「SB53」をモデルにしている。SB53は一定規模以上の計算資源を用いる「フロンティアモデル」開発企業に、安全フレームワークの公表と第三者機関への重大インシデント報告を義務付け、違反時には州司法長官が提訴できる仕組みを持つ。KPMGの調査によれば、2025年下半期だけでカリフォルニア州を中心に複数の州でAI規制が成立・施行された。
さらにホークル知事は2026年7月14日、大規模データセンター建設を最長1年間凍結する大統領令に署名した。BigGoファイナンスの報道では、電力消費や環境負荷への懸念が背景にあり、バージニア州・オハイオ州・テキサス州など他州への投資分散を余儀なくされる企業が出ると見込まれている。全米初の措置であり、同様の懸念を持つ他州のひな型になる可能性がある。地元電力会社の関係者はデータセンター需要が既存送電網の容量を超過しつつあると指摘しており、州の凍結措置は環境団体からは歓迎される一方、テック業界団体は投資計画の見直しを迫られたと反発している。
連邦議会の草案と3年サンセット条項
読売新聞によると、ホワイトハウスは2026年3月20日、全米一律のAI利用規制の法案骨子を発表した。柱は未成年者の性的被害・自傷助長の防止、フェアユースと著作権保護の両立、データセンター敷地内での発電規制緩和など6目標で構成される。同紙の調査では全米50州のうち48州が独自にAI規制を持ち、内容にばらつきがあるため業界から統一枠組みを求める声が出ていたという。
Innovatopiaが報じた超党派の269ページ草案は、AIモデルの「開発」を規制する州法を最大3年間停止する「プリエンプション」を柱とする。提案議員のトレイハン氏は「今年後半に成立すれば2029年12月ごろ失効する」と説明し、Section 230の轍を踏まないための時限装置だと位置づけた。一方でモデルの「展開・利用」段階の規制権限は州に残す設計であり、未成年保護など消費者保護規制がどこまで「開発」規制とみなされるかが争点になっている。業界団体は開発段階の規制統一を歓迎する一方、消費者保護団体は「展開・利用」の線引きが曖昧なため事実上の骨抜きになりかねないと懸念を示している。
大統領令14365号と国家AI立法フレームワーク
東京財団の解説によれば、2026年3月20日にはさらに大統領令第14365号に基づき「国家AI立法フレームワーク」が発表された。地経学研究所の調査でも、2025年12月11日の大統領令は商務長官に各州のAI関連法の精査を、司法長官には訴訟対応を指示したことが確認されている。連邦レベルでの立法勧告作成も命じられており、行政府と立法府が同時並行でガバナンスの空白を埋めようとする構図が浮かぶ。歴史的に見ても、インターネット黎明期のSection 230を巡る連邦・州の権限争いと類似する構図であり、当時は最終的に連邦法が州法を包括的に上書きするまで約10年を要した経緯がある。今回のAI規制でも同様に長期化する可能性が指摘されている。
2026年は法廷闘争の年に
MIT Technology Reviewは、カリフォルニア州やニューヨーク州など民主党州が大統領令に対し法廷で対抗する可能性が高く、フロリダ州のようなAI規制に積極的な共和党州も続く可能性を指摘する。テック業界大手と安全性擁護団体それぞれが資金提供するスーパーPACが、議会・州議会選挙に数千万ドルを投じる見通しで、規制の行方は法廷と選挙の両面で決着する構図になっている。日本を含む海外のAI開発企業にとっても、米国内で事業を展開する場合はニューヨーク州・カリフォルニア州の規制と連邦方針のどちらを優先すべきか判断が難しくなっており、法務・渉外部門による継続的なモニタリングが不可欠な状況が続く。




