Tencent Hunyuan が、エージェントの長期記憶を扱う専用のモデル Hy-Memory-30B-A3B を Hugging Face に出した。ライセンスは Apache 2.0 で、総パラメータ30B のうち、1トークンごとに動くのは3B だけの MoE である。このモデルは質問に答えるためのものではない。会話や作業の中から何を記憶に書き残し、すでにある記憶をどう書き換えるかを決める。その一つの役目に絞って作られている。Tencent は、この用途で Claude Opus 5 を上回ったとしている。ただし、その根拠は評価データの一部を使った自社の測定で、差は1点に満たない。
記憶の「書き込み」だけを任せるモデル
Mem0 や Letta などのエージェントメモリは、ふつう、会話を読んで記憶を抽出し、保存し、更新する処理を汎用の LLM に任せている。Tencent はこの書き込みの部分を切り出し、専用のモデルに担わせることにした。論文の著者たちは、狙いをこう書いている。
External-memory systems extend language-model applications beyond a context window, but their quality depends critically on the model executing the write path: deciding what to retain, how precisely to represent it, and how new evidence should update persistent state.
訳: 外部メモリの仕組みは、言語モデルのアプリをコンテキストの窓の外まで広げる。だがその質は、書き込みを担うモデルに大きく左右される。何を残すか、どこまで正確に書くか、新しい事実で保存済みの状態をどう書き換えるか、を決めるモデルである。
つまり、記憶の質を決めるのは保存先のデータベースや検索の仕組みよりも、その手前で何を書くかを判断するモデルだ、という立場である。何を残し、どこまで正確に書き、新しい事実で古い記憶をどう上書きするか。これらは RAG の検索の精度とは別の問題で、ここを誤ると、後でどれだけうまく取り出しても間違った記憶が出てくる。
Mem0 や MemOS の中の汎用 LLM と差し替える
Hy-Memory-30B-A3B は、既存のメモリ基盤の部品として使う前提で作られている。モデルカードは、差し替えられる先と、学習で使っていない基盤への移しやすさを次のように書く。
directly replaces the general-purpose LLM inside Mem0, MemOS, and Hy-Memory...and transfers directly to unseen memory frameworks such as EverMemOS.
訳: Mem0、MemOS、Hy-Memory の中にある汎用 LLM をそのまま置き換えられる。学習で使っていない EverMemOS のようなメモリ基盤にも、そのまま移して使える。
Tencent の主張どおりなら、Mem0 や MemOS をすでに使っている開発者は、メモリの設定で書き込み用のモデルを差し替えるだけで済む。GitHub のリポジトリには、Tencent 自身のメモリ基盤 Hy-Memory も置かれている。稼働パラメータが3B なので、書き込みのたびにフロンティアモデルの API を呼ぶより推論の費用はずっと小さく、手元の GPU で動かせる規模でもある。Always-on agent のように記憶を絶えず書き換え続ける使い方では、書き込みの費用が積み重なりやすい。そこに安い専用モデルを置くという設計で、Apache 2.0 なので商用の組み込みにも制約が少ない。
0.87点の差は何を測ったものか
Tencent は、この書き込みの役目で Hy-Memory-30B-A3B が 55.49、Claude Opus 5 が 54.62 だったとしている。差は0.87点である。30B のオープンウェイトが、フロンティアの閉じたモデルを専用の用途で上回った、という見出しになりやすい数字だ。
ただし、この数字には読むときの前提が3つある。第一に、比べたのは評価データの全体ではなく、そこから20%を抜き出した部分である。抜き出し方によって点は動くので、全体で測っても順位が同じになるかは分からない。第二に、測ったのは Tencent 自身で、Opus 5 にどういう設定やプロンプトで書き込みをさせたかに結果が左右される。第三に、この記事を書いた時点で、この点数を再現した第三者の評価はない。差の0.87点は、こうした条件の違いで簡単に入れ替わりうる幅である。
同じ週には DeepSeek も V4.1-Flash-1017 で、コーディングエージェントの点で Opus 5 を上回ったと自己申告しており、こちらもまだ第三者の評価が付いていない。オープンウェイトのラボが Opus 5 を比較の相手に選び、自社の数字で上回ったと書く例が続いている。比べる相手は、いまの最上位の Opus 5.5 ではなく一世代前の Opus 5 である点にも注意がいる。
書き込みを外に出すことで、確かめるべきことが増える
記憶の書き込みを専用モデルに任せると、その判断は、エージェントのあらゆる後の行動に効いてくる。10月初めの論文(arXiv 2610.04083)は、記憶に書き込まれたずれた目標が、実行の58%で次のセッションへ受け継がれると報告していた。何を残すかを決めるモデルは、エージェントの振る舞いの上流にあるということだ。
だからこそ、Hy-Memory-30B-A3B を採り入れる側が確かめたいのは、平均点の0.87点差ではない。誤った情報や注入された指示を記憶に書き込まないか、古い事実をどこまで正しく上書きするか、自社のデータで再現できるか、である。重みが Apache 2.0 で公開されているので、こうした検証は誰でもできる。記憶の書き込みを専用の小さなモデルに切り出すという設計は、Mem0 や MemOS の利用者にとって試す価値がある。ただし、Opus 5 を上回ったという評価は、第三者が評価データの全体で測り直すまでは、Tencent 自身の主張として読むべきである。




