Google は10月13日に Gemini 4 Argon を一般提供にした。その翌日、DeepMind のサイトに載ったモデルカードは、このモデルが生物とサイバーの「重大能力水準(Critical Capability Level、CCL)」に達している可能性を否定できない、と書いている。模擬のサイバー攻撃では、12本の課題のうち12本を完走した。Google の Frontier Safety Framework は、CCL に達したモデルには出荷の前に安全策の検討を求める枠組みである。今回は判定を保留したまま出荷し、保留していること自体を出荷の翌日に文書にした形になる。
先に出し、後から測る。この順序は Google だけのものではない。OpenAI は9月29日に GPT-6.1 Sol を出荷し、同じ日の安全性の付録でサイバーを最上位の Critical と判定した。Meta は10月12日に Muse Wonder を出し、安全の報告書は「近く出す」のままである。フロンティア3社で、出荷と安全判定の順序が揃って逆転した。
モデルカードは何を書いたか
カードが言っていることは2つに分かれる。1つは、生物とサイバーの CCL に「達している可能性を否定できない」という判定の保留である。達していないと言える根拠がない、という意味で、達したと認めたわけではない。もう1つは、模擬サイバー攻撃の12本中12本という数字である。こちらは判定ではなく、測った結果そのものである。
Google は安全とセキュリティについてのブログも出している。一般提供の発表で Google が示した自己申告の数字は既報のとおりで、Gray Swan の間接プロンプトインジェクションの成功率は0.7%、生物のレッドチームで解けたサブタスクは1%未満だった。これらは安全策が効いていることを示す数字で、安全策を外したときの能力がどこまであるかという CCL の問いとは別物である。ブログが前者を並べ、カードが後者を保留した、という読み方になる。
Google の枠組みでは、CCL は「それに達したら社会に深刻な害を及ぼしうる」水準として置かれている。達している可能性を否定できないモデルを一般提供にするなら、どの安全策がその可能性を抑えているかを、出荷の時点で示すのが枠組みの建前である。カードは出荷の翌日に出た。
Fairwind で絞った理由が、GA で消えたわけではない
Argon は9月30日に、サイバー防御の担当者に限った Fairwind Program で先に提供された。提供先を絞った理由は、サイバー能力の高さだった。この制限は10月13日に外れ、Gemini API、AI Studio、Gemini アプリ、Gemini Enterprise に広がった。一方で Fairwind は「数百」のサイバー防御のパートナーに広げ、安全策を外した版を渡す。
つまり、安全策つきの版は誰でも使え、安全策なしの版は審査を通った防御側だけが使える、という二層になった。カードが14日に書いたのは、この二層の土台である「安全策なしの能力がどこにあるか」を、Google 自身がまだ確定していないということである。Fairwind で絞った根拠は、GA で消えたのではなく、判定が後回しになったまま残っている。
Anthropic との対比ははっきりしている。Anthropic は Claude Mythos を一般には出さず、10月6日に広げた Cyber Verification Program の審査つきの段階だけで渡している。10月5日のニューヨーク市議会で、Frontier Red Team を率いる Logan Graham は、攻撃コードを作る能力があるため Mythos Preview を一般に公開しなかったと宣誓のうえ述べた。判定が出荷を止めた例が、同じ月の中にある。
3社で順序が逆転した
並べてみる。
OpenAI は9月29日の DevDay で GPT-6.1 Sol を出した。同じ日に出た安全性の付録は、「機能するゼロデイの攻撃コードを見つけて作れる」ことを理由に、サイバーを Critical と判定している。ExploitBench で任意のコードの実行に成功した割合は21.5%だった。最上位の判定が、出荷を止めなかった。
Meta は10月12日に Muse Wonder と Wonder Full を出した。安全の報告書は「追加の安全評価を含む完全な報告書は近く出す」のままである。モデルカードの PDF は画像だけで文字が取れず、二次情報によれば、Wonder Full が緩和策なしで CB の高い閾値に達する可能性を否定していないとされる(未確認)。報告書が出る前に、モデルは出た。
Google は10月13日に Argon を一般提供にし、14日のカードで生物とサイバーの CCL を否定できないと書いた。
3社とも、文書の中身は正直である。OpenAI は Critical と書き、Google は否定できないと書き、Meta は出していないことを隠していない。変わったのは文書の誠実さではなく、文書と出荷の前後関係である。「出す前に判定する」から「出してから判定を書く」へ、3社が同じ月に移った。
Anthropic だけが今のところ逆で、Opus 5.5 は9月22日の出荷と同じ日のシステムカードで RSP の閾値を超えていないと書き、Mythos は出していない。ただし Anthropic も、10月9日の報告で開示した評価中の事案については頻度を示しておらず、順序が守られていることと、中身が十分であることは別である。
1か月に16モデル——判定が追いつかない速さ
なぜ順序が逆転したのか。答えの一部は、出荷の間隔そのものにある。第三者評価機関の Vals AI は、10月14日のブログで、モデルの数をこう数えた。
Ten developers released 16 language models in a single month.
訳: 10の開発元が1か月で16の言語モデルを出した。
Vals のブログの主題は、複数のモデルを振り分けるルーターが新しい部品になったという話である。その前提として置かれたのが、この数字だった。1か月に16本というペースは、1本あたり2日に満たない。安全判定に必要な外部評価は、既報の METR の例で API 経由10営業日だった。出荷の間隔が評価の所要時間より短ければ、判定は出荷の後に来るしかない。
Argon の一般提供の日取りも、安全の日程ではなく商売の日程で決まったように見える。Meta が Muse Wonder を4ドル・20ドルで出した翌日に、Google は同じ定価で、11月30日までは半額の導入価格をつけて出した。Vals Index で1位という自己申告も同じ発表にある。価格と順位は出荷の日に揃い、安全判定は翌日に回った。
406人の書簡の翌日に
順序の逆転が起きた日は、別の文書の日でもあった。10月13日、34か国の科学者406人が『An Open Letter on AI and Cybersecurity from the Scientific Community』を出し、サイバー能力のあるモデルを開発・試験する者は、既定ではエアギャップ(ネットから切り離す)にすることを求めた。Google が Argon を一般提供にしたのは同じ日で、サイバーの CCL を否定できないと書いたのは翌日である。書簡は誰も名指ししていないが、求めている順序と、実際に起きた順序は正反対だった。
Google は同じ時期に、開発者向けブログで Argon をロボティクスに使う道筋も示している。自己申告の ERQA は87%である。モデルの能力の判定を保留したまま、使い道は物理の世界へ広がっていく。
次に見るもの
第一に、Google がカードを更新し、生物とサイバーの CCL について「否定できない」から先に進むかどうか。進んだ場合、達していたと書くのか、達していなかったと書くのかで、13日の一般提供の評価は変わる。第二に、外部の評価機関の判定がカードに加わるか。第三に、Meta の安全の報告書がいつ出て、Wonder Full の CB の閾値をどう扱うか。第四に、導入価格に OpenAI、Anthropic、Meta が応じるか。応じれば、次の出荷の間隔はさらに縮む。
Hassabis のコメントは、9月30日の Fairwind から今回の一般提供まで、1つもない。判定を保留したまま出荷する決定について、DeepMind の責任者が何も言っていないことも、順序の逆転の一部である。




