人がいない、でも止められない ― COBOLという時限爆弾
銀行、保険、年金、航空券、物流。私たちの生活を支える「動いて当たり前」のシステムの相当部分は、今も1960〜80年代に書かれたCOBOLで回っている。Cognitionが公開した事例ブログによれば、米国ではCOBOL開発者の47%のポジションが埋まらず、現役の92%が2030年までに退職する見込みだという。書き換えたいが書き換えられない、読める人がいないから触れない ― そんな「時限爆弾」を抱えたFortune 500企業に、AIコーディングエージェントDevinが入り始めている。
なぜ既存のLLMではCOBOLが難しかったか
COBOLはPythonやJavaScriptと違い、公開されているコードが圧倒的に少ない。LLMは「見たことのあるパターン」を再現するのが得意だが、基幹系のCOBOLは社外秘の巨塊で、学習データに乗っていない。さらに仮想環境でそのまま動かせないため、エージェントが自分の変更を試して学び直すフィードバックループが切れてしまう。Cognitionはこの2つの壁を、DeepWikiによるシステム全体のマップ化と、顧客固有ルールを明文化したプレイブック、そして並列エージェントの組み合わせで乗り越えたと説明している。
事例1:医療企業 ― 数百万行のクレーム処理を解剖する
匿名の医療大手では、数百万行規模のクレーム処理COBOLをDeepWikiに読ませ、システム全体像を初めて図として可視化。その過程で、二重取引を防ぐ重要なガードロジックが埋もれていたことも判明したという。「まず読めるようにする」こと自体が、近代化の出発点として価値を持つ。
事例2:自動車大手 ― 25,000行をLambdaへ、73%のコスト削減
自動車メーカーのケースでは、25,000行のカスタム業務バッチをAWS Lambdaへ移行した。Devinは既存のCOBOLロジックを読み解き、クラウドネイティブな構成に書き換える作業を支援。結果として73%のランニングコスト削減を実現したとされる。ポイントは、単に言語を置き換えるのではなく、実行基盤ごと現代的な従量課金モデルに乗せ替えたところだ。
事例3:Itaú Unibanco ― 政府期限を3ヶ月前倒し、本番エラーゼロ
最も踏み込んだ事例がブラジルの大手銀行Itaú Unibancoだ。企業税ID(CNPJ)を数字から英数字へ拡張する政府規制に合わせ、数百の基幹プログラムを横断的にリファクタリングする必要があった。同社はDevinを投入し、政府期限の3ヶ月前に作業を完了。本番障害ゼロ、開発速度は従来比5〜6倍になったとCognitionは報告している。人間のレビューを挟む「責任分界」は維持しつつ、退屈で危険な横断修正をエージェントに任せるという役割分担だ。
「人がいなくても何とかなる」のか?
読者の率直な疑問はここだろう ― 開発者がいなくても何とかなるのか。正直に言えば、今日時点の答えは「半分イエス」だ。エージェントはドキュメント化・大規模リファクタ・移行作業のスループットを劇的に上げる一方、仕様の意図を決めるのは依然として人間であり、レビューと本番投入の責任も人間側に残る。ただし必要な人数と、必要な知識の深さは確実に下がっている。ゼロから書ける人が一人もいなくても、「何が書いてあるかを読み解いて直せる体制」をAIで組める時代に入った、というのが今回の事例の含意である。
B層ビジネスパーソンへの示唆
自社の屋台骨がまだメインフレーム上にあるなら、次の問いは「誰に頼むか」ではなく「どのエージェントに読ませるか」だ。Devinのような製品が万能ではないにせよ、塩漬けにしてきた基幹の“解凍”が現実的な選択肢に入ったことは確かだ。AIの話題がチャットボットから基幹システムの延命と脱出へ移り始めている ― それが、この事例ブログの一番重要なサインだろう。



