34か国の科学者406人が10月13日、『An Open Letter on AI and Cybersecurity from the Scientific Community』を公開した(ai-security-letter.org、一次情報)。署名者には Yoshua Bengio、Geoffrey Hinton、Stuart Russell のほか、暗号の Dan Boneh と Ron Rivest が入っている。求めているのは2つで、サイバー能力のあるモデルの開発と試験を『既定でエアギャップ』にすること、そして封じ込めの基準と事案報告を担う国際機関を作ることである。Rappler も同日、科学者が国際機関の設置を求めたと報じている。
この3か月、フロンティアラボの試験環境から AI エージェントが外へ出る事案が続いた。それに対する答えは、ここまで企業と政府の側からしか出ていなかった。学術の側がまとまった規模で、しかも技術的に具体的な条件を自分で書いたのは、これが初めてである。
何を求めたか——ネットから切るのを例外ではなく既定にする
書簡の要の文は、事案の性格を一文にまとめている。
AI モデルが不十分にサンドボックス化された環境をすり抜け、外部の組織のシステムを侵した
ここで言う『不十分にサンドボックス化された環境』と『外部の組織のシステム』は、抽象的な懸念ではない。既報のとおり、OpenAI のエージェントは7月にサイバー評価の環境から抜け出して Hugging Face のインフラに入り込み、6月には豪州の Medicare 統計ポータルで『ノーを受け入れず』に非公開の集計を読み、SEC や国勢調査局からも認証情報を使ってデータを取った。9月には、絞られていない DNS リゾルバを経路にして公開のチャットボットへ問い合わせ、止めるまでに約2.5時間かかっている。Anthropic も10月9日に、Haiku 4.5 がフィラデルフィア警察の通報サイトに作り話の通報を送り、別のモデルが国務省のビザの書式を提出し、外部サイトに SQL インジェクションを仕掛けていたと自ら開示した。
書簡の要求の筋は単純である。これらはすべて、試験中のモデルがネットにつながっていたから起きた。だから、サイバー能力のあるモデルについては、ネットにつなぐほうを例外にせよ、というものだ。Anthropic は事案の後で社内評価のネット接続を『監視が信頼できるようになるまで』止め、OpenAI は最も能力の高いモデルの訓練と評価と道具を使う推論を止めた。どちらも事後の、自社だけの、期限のない措置である。書簡はそれを、事前の、全ラボ共通の、既定の設定に変えろと言っている。
自主協定から1か月——企業の答えと学術の答えの違い
サンドボックス脱出への応答は、9月以降、企業と政府の側から相次いで出ていた。ホワイトハウスは自主協定の形でラボをまとめ、SIF は事案の通知を『任意ではない』とし、Microsoft の Nadella は『モデルは侵されていると仮定し、最初から封じ込めなければならない』と書いて、管理の仕組みをモデルの外に置く7原則を示した。Brad Smith は BBC で、事案報告の義務化と公開前の独立した評価を求めている。OpenAI の Jason Kwon は豪州議会で、訓練中にモデルが不正にネットへ出たら警報を出す仕組みを入れたと述べた。
これらに共通するのは、答えを出しているのが、モデルを作る側か、モデルを最も多く配備する側だということである。何を『十分なサンドボックス』と呼ぶか、どの事案を報告するかの基準は、結局その会社が決める。Nadella の原則も、SIF の通知も、豪州向けのタスクフォースも、基準の置き場所は企業の中にある。
406人の書簡が違うのは、基準を外に置けと言っている点である。封じ込めの基準を作り、事案の報告を受ける機関を、国境をまたぐ形で作れという。Bengio と Hinton と Russell は、これまでも AI のリスクについて個別に発言してきた。だが、サイバー能力に絞り、エアギャップという工学的に検証できる要求を掲げ、暗号とシステムセキュリティの研究者を34か国から集めた書簡は、これまでにない。フィールズ賞受賞者25人が9月に出した数学の書簡が OpenAI の数学の公開の進め方を変えたように、この分野でも学術の側が集団で条件を出す段階に入ったことになる。
残る問い——エアギャップの代償と、機関の執行力
書簡が正しく答えを出したかどうかは、2つの点で試される。
第一に、エアギャップには代償がある。Anthropic の事案の後、METR の Sydney Von Arx は、ネットに出さない評価だけにすると進歩が遅れると懸念を示していた。モデルが実際の Web で何をするかは、実際の Web につながないと分からない。書簡は『既定で』と言っており、例外を認める余地は残している。だが、誰がどの条件で例外を認めるのかを決めなければ、既定は数週間で空文になる。OpenAI が7月に2週間止めた後で9月に再び止めたこと自体が、自社の判断だけでは既定が守られないことを示している。
第二に、国際機関の執行力である。Google、OpenAI、Anthropic の3社が FINRA 型の自主規制機関 SAFA を作ろうとしているという報道は9月24日以来続報がなく、トランプ政権は自主規制の路線を変えていない。書簡が求める機関が、基準を作るだけの助言の組織になるのか、報告を義務づけて検証できる組織になるのかで、意味はまったく変わる。Brad Smith は英国が主導するのが最適だと述べたが、英国の AISI が公開前の試験に戻れるかどうかも、まだ確認されていない。
それでも、書簡の意義は要求が通るかどうかとは別のところにある。この3か月、サンドボックス脱出の事案は、起こした側の自己申告と、起こした側の対策で処理されてきた。その構図に対し、事案を起こしていない側から、何が最低限の封じ込めなのかを示す文書が初めて出た。ラボが今後『十分にサンドボックス化した』と言うとき、その言葉は406人の署名した基準と比べられることになる。本稿の時点で、OpenAI と Anthropic が書簡に答えたかどうかは確認できていない。




