AI で生産性は上がったのか。この1年、この問いには「上がった」と「まだ統計に出ていない」という2つの答えがぶつかってきた。リスク分析の Substack『Perspective on Risk』を書く Brian Peters は、10月26日の号で、その争い方自体がずれていると論じた。米国の労働生産性は確かに伸びている。ただ、伸びたのは AI による「賢い働き方」ではなく「よりきつい働き方」で、伸びた分は賃金ではなく企業の利益に回っている。論点は「伸びたかどうか」ではなく「何が伸び、誰の取り分になったか」だ、というのである。
本紙はこの見立てにおおむね賛成する。翌日に出た Hubstaff の調査も、職場の側から同じことを裏づけた。以下では、Peters の議論、それを支える調査、有力な反論の順に検討する。
「賢く」ではなく「きつく」
Peters の出発点は、生産性の数字が上向いたことを、そのまま AI の効果と読んではいけないという点にある。1時間あたりの産出は、同じ人がより長く、より密に働いても伸びる。景気の局面で稼働率が上がっても伸びる。技術がもたらす本物の効率化と、単に人を強く回した結果は、労働生産性の見出しの数字では区別がつかない。
Peters はこう要約した。
Right now we are working harder, not smarter.
訳: いまの私たちは、賢く働いているのではない。よりきつく働いているだけだ。
つまり、いま見えている伸びは、働く量と密度を上げたことの表れであって、新しい技術で同じ労力からより多くを生む段階には、まだ入っていない。この区別は小さく見えるが重い。きつく働いて得た伸びには限りがあり、人が疲れれば元に戻る。賢く働いて得た伸びは積み上がる。AI の楽観論は後者を前提にしてきた。
伸びた分は誰の取り分になったか
Peters の2つ目の論点は分配である。仮に産出が増えたとしても、その果実が賃金の上昇として働く人に戻っているわけではない。企業の利益率の上昇として現れている、と Peters は見る。そのうえで、これが財政にどう効くかを指摘した。
Growth that arrives as higher margins rather than higher wages lands on the more lightly taxed part of the income statement.
訳: 賃金ではなく利益率の上昇という形で来た成長は、損益計算書のうち税負担の軽い側に落ちる。
給与にかかる税は、法人の利益にかかる税より重い。同じ1ドルの成長でも、賃金として来れば所得税と社会保険料が取れる。利益として来れば、取れる額はずっと少ない。AI が成長を押し上げて財政の穴を埋める、という期待は政策の議論でよく聞く。だが成長の届き先が利益の側なら、その期待は数字ほどには当たらない。成長の総額だけを見ていると、この食い違いが見えなくなる。
だから Peters は、見るべき指標をはっきり名指しした。
The metric to watch is utilization-adjusted TFP, and the question to ask when it turns is not just how much, but whose.
訳: 見るべき指標は稼働率調整済みの全要素生産性(TFP)だ。それが上向いたときに問うべきは、どれだけ伸びたかだけでなく、誰の取り分になったかである。
稼働率調整済みの TFP は、景気で設備や人の稼働が上下した分を除いて、技術や組織の本当の効率の変化を取り出そうとする指標だ。「きつく働いた」分はここには乗りにくい。これが上向いて初めて「賢く働き始めた」と言える。そして上向いたときにも、増えた分が賃金と利益のどちらに行くかを別に問わなければならない。量の問いと分配の問いを分ける、というのが Peters の提案の芯である。
職場の側から:46%が「仕事量が増えた」
翌10月27日に出た Hubstaff の調査は、この議論を現場の数字で補う。勤怠と業務の管理のソフトを売る Hubstaff によれば、AI を使う働き手の46%が「求められる仕事量が増えた」と答えた。調査の題は、AI は社員の時間を節約しているのに、雇い主は期待した処理能力を得られていない、というものだ。
CEO の Jared Brown はこう述べた。
AI is giving time back to individual employees, but most organizations aren't capturing it as capacity.
訳: AI は社員一人ひとりに時間を返しているが、ほとんどの組織はそれを処理能力として取り込めていない。
一見すると、この2つの結果は食い違う。働き手は仕事が増えたと言い、雇い主は思ったほど処理能力が増えていないと言う。だが Peters の枠組みに置くと、むしろ噛み合う。AI で浮いた時間は、組織の仕組みが変わって新しい価値を生む方には使われていない。代わりに、上乗せされた仕事で埋められている。働き手から見れば「きつくなった」で、雇い主から見れば「効率は思ったほど上がらない」になる。どちらも、TFP が伸びる「賢い働き方」にはまだ届いていないことを示している。
なお、この調査は Hubstaff 自身の発表で、サンプルの作り方や規模は本紙では確かめていない。同社は社員の作業時間を測る製品を売っており、「時間をどう処理能力に変えるか」という結論は商売の筋とも合う。46%という数字は、方向を示す材料として読むのが妥当だろう。
期待と実測のずれはどこにあるか
このずれは、AI を作る側の期待の高さと並べると、はっきりする。Anthropic は10月16日の研究『The AI expectations gap』で、2030年までの GDP の伸びの予想を比べていた。自社の社員から導いた予想は17.1%、米国の一般の人からは5.4%だった。同じ日の『How employment is changing at Anthropic』では、技術者1人あたりのコミットが半年で約5倍になったと書いている。最前線のラボの中では、AI はたしかに産出を何倍にもしている。
それでも、経済全体の統計に現れているのは、主に人を強く回した結果である。期待と実測のずれは、AI が効いていないことから来るのではない。効き方と届き先が、期待していた形と違うことから来ている。Peters の議論の価値は、この違いに名前を付けたところにある。
有力な反論:まだ早い、そして統計が取りこぼしている
反論も強い。1つ目は時間差である。電気でもコンピュータでも、新しい汎用技術が TFP に現れるまでには、組織と仕事の流れの作り直しに何年もかかった。最初は、人が古いやり方の上に新しい道具を足すので、むしろ忙しくなる。いまの「きつい働き方」は、その途中の段階にすぎないかもしれない。Hubstaff の Brown の言葉も、時間は返ってきているのに組織が取り込めていない、と読める。つまり、取り込み方を覚えれば TFP は上向く、という含みがある。
本紙はこの反論を退けない。ただし、それは Peters の結論を崩さない。Peters が言っているのは「AI は効かない」ではなく、「いま見えている伸びを、AI による効率化と数えるな」である。転換点が来るなら、それは稼働率調整済みの TFP に出るはずだ。だからそこを見よ、という提案は、時間差の議論とそのまま両立する。
2つ目の反論は、統計が便益を取りこぼしているというものだ。AI の多くは無料か安い値段で配られ、使う人が得る便益は GDP にも賃金にも乗らない。消費者余剰としては大きいかもしれない。これにも Peters は短く答えている。
Consumer surplus does not service debt.
訳: 消費者余剰で国の借金は返せない。
利用者が得をしていることは否定しない。だが、財政や家計の帳尻を合わせるのは、税を取れる所得と、賃金として払われるお金だ。目に見えない便益がどれほど大きくても、それで給与が増えるわけでも、税収が埋まるわけでもない。分配の問いは、消費者余剰の議論では片づかない。
これから何を見るか
本紙の立場をまとめる。AI の生産性をめぐる争いは、「伸びたか、伸びていないか」で続けるかぎり決着しない。両方の陣営が同じ数字を自分の側に引き寄せられるからだ。問いを2つに分けるべきである。1つは、伸びたのが働く量か効率か。これは稼働率調整済みの TFP で見る。もう1つは、伸びた分が賃金と利益のどちらに行ったか。これは労働分配率と利益率で見る。
今週、職場の側の調査が「仕事は増えた」と答え、統計を読む側が「増えた分は利益に回った」と答えた。2つを合わせると、いまの AI の経済効果は、効率の革命というより、働かせ方の強化に近い姿をしている。それが過渡期の姿なのか、そのまま定着する姿なのか。AI を作る会社が上場し、ハイパースケーラーが設備投資を積み増す今だからこそ、成長の「量」だけでなく「誰の取り分か」を数字で追う必要がある。




