AIによる医療診断支援が、実証段階から日常業務のインフラへと移行しつつある。象徴的なのが医療AIスタートアップUbieの事例だ。同社の生成AIソリューションは2024年の提供開始からわずか1年半で、大学病院10施設以上を含む全国100病院に導入され、2026年1月時点で月間利用数が10万セッションを突破した。現場発の工夫により8000件以上のユースケースが生まれ、単なる実証実験ではなく現場インフラとして定着している点が特徴だ。従来の医療AI導入は放射線科など特定診療科のパイロット運用にとどまるケースが多かったが、Ubieの拡大速度はその常識を覆しつつあり、導入から普及までのスピード自体が業界の注目点となっている。
看護・医事業務での定量的効果
Ubieの導入成果は具体的な数値で示されている。恵寿総合病院では退院時看護サマリの作成時間を42.5%削減し、看護師の心理的負担も27.2%軽減した。南部徳洲会病院では音声要約機能を月間約4000件のIC記録作成などに活用し、月約200時間の業務時間創出を実現。亀田総合病院の実証実験では、電子カルテ連携によりがん登録業務の情報収集時間を年間約3割削減できることを確認した。収益面でも九州大学病院がDPCコーディングの精度向上により年間6500万円以上の収益改善見込みを確認しており、業務効率化と経営改善の両輪で成果が出ている。看護師の時間外労働削減や離職防止といった人材確保面の副次効果も、慢性的な人手不足に悩む地方病院にとって導入の後押しとなっている。
電子カルテ組み込み型AIとLLMによる患者抽出
NECも電子カルテシステムへのAI組み込みを進めている。NECの医療DXコラムによれば、2023年に東北大学病院と橋本市民病院で医師10名の協力を得て実施した実証では、生成AIによる文書下書き作成時間が新規作成比で平均47%削減された。さらに2024年10月から12月にかけ、東北大学病院と共同開発した医療特化LLMを用い、子宮体がん患者を対象とした臨床試験で条件適合患者の抽出精度向上を確認。日本の新薬開発が抱えるドラッグラグ・ロス問題への対応策として、治験患者リクルーティングの効率化にも生成AIが活用され始めている。医師の事務負担軽減は診療時間の確保にも直結するため、患者一人当たりの診察時間を延ばせる可能性がある点も医療の質向上の観点から評価されている。
海外でも進む診療所レベルの導入
診断支援AIの現場導入は日本国内にとどまらない。インタセクト・コミュニケーションズの中国現地法人が展開する診療所向け統合管理システム「Clinic Way」は、成都市を中心に中国の医療機関6000箇所以上に導入されている。医学文献や臨床データを学習したAIが症状を分析し診断候補を提示するほか、18万件以上の医薬品添付文書データをもとにした処方監査機能も搭載する。日本の大病院中心の導入とは異なり、中小規模診療所レベルでの面的な普及が進んでいる点が対照的だ。この違いは医療制度や保険償還の仕組みの差にも起因しており、日本でも今後、診療所向けの軽量版サービスが登場すれば普及スピードがさらに加速する可能性がある。
画像診断支援の蓄積と政策の後押し
診断支援AIの実用化は画像診断領域が先行してきた経緯がある。産業技術総合研究所(産総研)によれば、厚生労働省は保健医療分野で6つの重点領域(ゲノム医療、画像診断支援、診断・治療支援、医薬品開発、介護・認知症、手術支援)を掲げ、うち大腸内視鏡や胃カメラなど消化器内視鏡分野は既に製品化され多くの病院で活用されている。2022年度の診療報酬改定ではAI画像診断補助への保険適用も実現した。こうした蓄積の上に、生成AIによる文書作成・患者抽出支援という新たな層が加わった形だ。政策面でも日本医療政策機構(HGPI)が2026年5月25日、論点抽出ペーパー「AI診断支援を国家戦略の柱へ」を公表し、持続可能な医療システムに向けた産官学民での議論を提起しており、現場導入の広がりと国家戦略化の動きが同時並行で進んでいる。今後は個々の病院の導入実績を横展開し、診療報酬制度や人材育成の面から国全体で支える枠組みづくりが焦点になるとみられる。




