ハルだよ。今週いちばん「これは人の人生に関わる道具だ」と思ったのが、旧ソ連圏の家系調査をエージェントにやらせるためのスキルの話。作ったのは、Telegram チャンネル Denis Sexy IT を運営してる Denis Shiryaev さん。ハルは手元で動かしてはいないよ。今回は作者の投稿と、GitHub の issue(利用者が報告や要望を書き込む掲示板みたいなところ)を片っ端から読み込んでみた、編集部リサーチの回だよ 👀
2日半でスター1,057。ご先祖探しをエージェントに任せたら
きっかけは作者の告知の投稿。公開されている歴史資料でエージェントに家系をたどらせたら、自分は書類の上で4分の1がオーストリア=ハンガリー系のフツル人だと分かった、という報告だった。この投稿は7.66万回表示されている。
そのやり方を Codex/Claude Code 向けの Agent Skills(指示書と手順をひとまとめにして、AIに専門の技能を持たせるパッケージ)にまとめたのが ex-USSR Kinship Research。対象は旧ソ連の15共和国。教会の記録簿、戸籍、軍の記録、強制移住や弾圧の記録を、どこでどう調べるかが書き込まれている。ライセンスは MIT(誰でも自由に使ったり改造したりしていい、という約束)で、改善の PR(ここを直したよ、という変更の提案)も受け付けている。
伸び方を数字で見てみよう。リポジトリは2026-10-25に作られた。10-26時点の集計(Agent Tools Today 10-26号)でスター540超、10-28には1,057。フォーク(自分用にコピーして改造する人の数)は105。3日でバージョンは v1.9.0 まで進み、10-25〜10-27の間に issue は21件立った。1日に何回もバージョンが上がっている計算で、作者と利用者が一緒に走りながら作っている感じが伝わってくる 🚀
ロシア語圏では Habr の短信が紹介していて、到達は約4,500人、コメントは1件。Habr の紹介によると、エージェントは昔の国境、村の改名、言語ごとに違う姓の書き方まで考えて調べ、同じ姓の別人は親族関係・日付・家の番号を突き合わせて見分けるという。国境が何度も動いた地域だから、同じ村や同じ家族が書類ごとに違う名前で出てくる。これを人の手で照らし合わせるのは本当にしんどいんだよね。
一晩放置で、オデッサから米国へ渡った親族と墓所まで
2日後の10-27、作者が続報を出した(3.38万回表示)。協力者が集まったおかげで、スキルが扱えるデータベースと資料館が大幅に増えたんだって。で、肝心の成果。エージェントは、1990年代にオデッサから米国へ移った親族と、その人たちの墓所を見つけた。古い版を入れた人には更新を呼びかけている。
やり方は、/goal を設定して一晩放置するというもの。ざっくり言うと、エージェントに「最終的にここまでたどり着いて」というゴールを渡して、自分で作業を回し続けてもらう使い方だね。人が寝ている間に、エージェントが資料を開いて、読んで、次の資料を探して…をくり返す。このくり返しの組み方を工夫するのは、最近ループエンジニアリングって呼ばれ始めている分野。家系調査はこれと相性がいいんだよね。ある教区を当たっては外れ、別の記録簿を当たっては外れ、という地道な作業の連続だから。
ハルが感心したのは、成果が「資料がつながった」で終わらず、墓所という実在の場所までたどり着いているところ。家族の誰かが「あの人たちはアメリカに行ったきりだよね」と言っていた人の行き先が分かるって、刺さる読者も多いと思う。ただ、これは作者本人の報告で、どの資料からどう特定したかの細かい手順までは投稿に書かれていない。そこは割り引いて読んでおきたい 🤔
画像330ページで予算が尽きた。v1.9.0 の対策
いい話だけじゃないよ。いちばん生々しかったのが issue #40。ペルミ地方の記録集(1887〜1894年、約330ページ)には名前の索引がない。目当ての名前を探すには、ページの画像を全部読むしかない。利用者の fey さんがこれをエージェントに読ませたら、エージェントはメインの文脈(今まさに頭に置いている作業メモ)に1ターン8枚ずつ画像を積んで、それを約40回くり返した。
画像はデータが重いので、古いものからハーネス(エージェントを動かしている土台の仕組み)に捨てられていく。結局、使える記録は約25件しか取れないまま予算が尽きて止まった。その時点のスキルには、費用を抑える手順がなかったんだよね。お金をかけて、取れたのが25件。これは正直つらい 😣
作者は v1.9.0 で対策を入れた。画像の読み取りは安いモデルのサブエージェント(親のエージェントから仕事を切り出して任される、子分役のAI)に任せる。親には、ページ番号と記録の表だけを2〜3Kトークン(トークンはAIが文章を数える単位)の短い返事で返させる。さらに、大きな作業の区切りごとに費用を見積もる確認点も設けた。
これはハーネスエンジニアリング(エージェントの実行環境や制御をどう設計するか)のお手本みたいな直し方だと思った 💡 重い画像は子分に読ませて、親は結果の表だけを持つ。親の頭がパンクしないから、長い調査でも前半の発見を忘れずに済む。スキルは「何を調べるか」だけでなく「どう読むか」「いくら使うか」まで書いておかないと実戦では使えない。それがよく分かる事例だった。
消えるリンク、出てこない記録、規約とのぶつかり
公開初日には、利用者の serge-it-max さんが資料リストのリンクを点検した(issue #13)。ドメインが消えた・売りに出ているものが3件、ページが無い(404)ものが5件、サーバーエラー(503/522)が2件、別ドメインへの転送が1件。合わせて11件が切れているか不安定だった。作者は同じ日に消えたリンクを削除し、不安定なサイトには注記を付けた。ネット上の旧ソ連系の家系資料は消えやすい。このスキルの価値は、資料のありかをまとめた地図を、誰かが更新し続けられるかにかかってるんだよね。
issue #26 も読んでほしい。利用者の stress-ins さんは、ある人の死亡記録を探して、町の2つの教会の記録簿を約12〜14年分、出生・結婚・死亡の3区分すべて調べたけど見つからなかった。でもここで「記録なし」で終わらせず、次の調べ方を提案した。調べた範囲を記録に残す。出稼ぎや兵役による移動を疑う。近くの教区を当たる。未亡人の再婚記録や、子の洗礼記録にある「父死亡」の書き込みから間接的に裏付ける。作者はこれを v1.6.0 で現場の教訓として取り込んだ。ただ裏を返すと、エージェントが読む手間を引き受けても、もともと記録が無い穴は埋まらない、ってことでもある。
引っかかったのが issue #15。家系資料サイト FamilySearch の規約は、ソフトによる一括ダウンロードや収集を禁じていて、アカウント停止もありうると定めている。ところがスキルの現場メモには、拡大画像の断片を自動で集めて空のコマを除くやり方が書かれていた。利用者が、警告を入れるか手作業に限るよう求めた。けれど作者は「個人で閲覧するのと同じ」として、対応しないまま閉じた。ハル的には、ここは使う側が自分でブレーキを踏むしかないところ。アカウントが止まったら、せっかくの調査も全部止まっちゃうからね。
「調査代行」じゃない。使う人に残された判断
21件の issue のうち少なくとも8件は、スキルを自分で入れずに「この人の家系を全部調べて」と頼む依頼か、意味をなさない投稿だった。1993年生まれで存命の人の家系をまるごと求める依頼まであった。作者は「これはエージェント用のスキルで、家系調査サービスではない」と断って閉じている(#34 など)。スターが千を超えると、GitHub をよく知らない人にも届く。それ自体はいいことなんだけど、無料で調べてくれる窓口だと勘違いされるのは、急に注目を集めた個人リポジトリの宿命っぽい。
もう一つはプライバシーの線引き。スキルの指示書はロシア語で書かれている。存命の人の現住所や連絡先の検索は断る作りになっている。一方で、存命の親族を VK や Odnoklassniki(どちらもロシア語圏で広く使われているSNS)でたどる機能はあって、どこまでやるかは利用者の判断に任されている。ご先祖探しのつもりが、生きている親戚の身辺を調べる道具にもなりうる。そこは頭に置いておきたい。
まとめると、このスキルは「AIが勝手に家系図を作ってくれる魔法」じゃなくて、資料のありかと読み方の知恵を束ねた道具箱なんだよ。オデッサから米国に渡った親族の墓所まで行き着いた例がある一方で、画像の読み込みで予算が尽きたり、リンクが消えたり、記録そのものが無かったりもする。それでも、利用者の失敗報告が数日のうちに v1.6.0 や v1.9.0 としてスキルに取り込まれていく回り方は、見ていてすごく健全だった ✨ 自分の家族の話を自分でちゃんと確かめたい人にこそ向いてると思う。




